この国のこの街が自他共に認める世界一の街だというのは認めるにしても。
その原動力はといえばこの「わけのわからなさ」にあるのではないかと思う。
人種も思想も富も権力も。全てをごった煮にして固めたらこの街になる。
どこから切り出しても全てが異なる断面層。
何が出てくるか分からないJACK-IN-THE-BOX。
そういう点でこの少女はこの街ととてもよく似ている。

「ニューヨークは刺激される街である。自然と生活の中にアートや文化がしみこんでいく。
BK NEXENT, Inc. が新たに松井選手情報を加えて、ニューヨークの今を動画ストリーミングで送ります。 」
・・・というようなところから資料をかき集めました。(アホ)
アルカトラズでの最終決戦が終わった後、バトルシップで脱出したはずの少女がなぜか今自分と同じアメリカの地を踏んでいる。
うわあ、すごいですね、これが摩天楼っていうんですね、と無邪気に喜ぶ少女に、弟が得意気にあれがハドソン・リバーで、あれがセントラルパークでと観光案内よろしく説明していた。
なぜかと問われれば成り行きでとしかいいようのない現実。
どこかでリセットできたのではないかと首を傾げてみてもそのどこかがどこなのか見つからず、彼は、人生の岐路は必ずしもランドマーク付きで「ここ!」と明記されていないのだという、新たな格言を見いだしつつあった。
あの、爆発まで後数分、という最中。
なかなか姿を現さない彼を総勢で探しているうちに、よせばいいのにこの小娘はまたしてもよくわからない場所に入り込んだ挙げ句に出口がわからなくなって、おたおたしているうちに彼に発見されたのだった。
今すぐ帰れとわめく彼の背後で、忠実な弟が、兄さまもう時間がないよと袖を引く。
仕方がない。そう。仕方が無かったのだ。あの場合は。
青眼型の高速ジェット機にモクバといっしょに乗せることに決めて、バッジにつけた無線で磯野に彼女がいっしょであることを連絡する。
凡骨が慌てふためく様が眼に浮かぶようだったが、しのごの言ってられる時間がなかった。
その後合流した際も妹を返せとか喚いていたようだったが、いったん加速をつけた高速機とヘリが空中接触するなど不可能だ。
そんなわけで彼女はいっしょにアメリカに来てしまっていた。
ほんのわずかな計算違い、アメリカについたら即座に送り返してやると鼻先で笑っていられるうちはよかったが、いざ連れてきてみるとこれが意外とやっかいだった。
だって、パスポートも何もないんだよ。
モクバが困り果てた顔で報告する。
不法入国&不法出国で、しかもパスポートなし、身元を保証するものも無し。
財力に物を言わせて偽造する手もあるが、たかが一少女のためにそんな経費とリスクを冒すのも面倒だった。
悪くすると彼女の経歴にも傷がつきかねないし。
海上での事故による緊急避難、ということにして正規の手順を踏んだらパスポートの発行やら正規の出国手続き書類やらの準備に2か月近くかかるという。
仕方がない。そう仕方が無いのだ、これは。
またしても同じ言い訳で自分を説得して、同じホテルに部屋を用意してやる。
彼自身は、最初から長期滞在のためにニューヨークの5番街にあるホテルに、グランドスイートを3か月借り切っていた。最初から2ベッドルーム仕様にしていたその部屋に、ツインタイプのベッドをもう1つ用意させる。スイートでのベッドタイプ変更は通常オプションのうちなので特に追加料金もかからないことだしと自分で自分を納得させた。
着の身着のままでバトルシップに乗ってきた彼女は当然着替えなど持っていない。
仕方が無いから(←既にして3度目の言い訳である)アメリカの部下に身支度の手配を任せたら何を勘違いしたのかニューヨークでも最高級の、セレブご用達とかいうサロンに連れていき、美容院にエステまで体験させた挙句に、3か月分の衣服を揃えて帰ってきた。
カードで支払うように命じてはいたものの、提出された請求書の合計額を見て彼が目眩を覚えたのも無理はない。
いや記載された数の桁数に驚いたわけではもちろん、ない。
女の着るものに金がかかるのは知識として知っている。金のある男に金のかかる女が群がるのは当たり前だし、自力で女をものにできないというのであれば金で関心を買うのも一つの手では有るだろう。
( そう、自力でものにできないならな。 )
と、そういう男達を鼻先で笑っていたその自分が「仕方が無い」とはいえ「女に金を出した」という現実に、思わず声を失ったのである。
この海馬瀬人ともあろうものが、女に貢いで機嫌を取る成金男のような真似をしてしまうとは!
さりとて今更突き返してこいとは言えず、彼は黙ってその請求書を握りつぶした。
すみません、ありがとうございます。日本に帰ったら必ずお返ししますねと少女は笑ったが、あれは絶対自分に使われた額がどれくらいなのか分かっていない笑みだった。
つい1週間前まで盲目で病院暮しの彼女が、$500.75と掲げられた札をみて、日本円換算でいくらなどと分かっているとは到底思えない。下手をしたら1$=1円と単純に考えている怖れすらある。
気にするな、この程度なんでもないと一蹴する一方で、この少女に現金を持たせるのはよそうと彼は固く決心していた。
久々のオフタイムを得て、リサーチがてら街でも歩いてみるかと思った時、暇そうにしている彼女に声をかけたのは単なる気まぐれである。
そういうほんの些細な気まぐれだの仕方ない事情だのが積み重なって、後々、彼の後悔の原因を作っていくのだが声をかけた時点ではもちろん、そんなことには気付いていなかった。
アメリカに連れてきてからこっち、言葉も地理もよくわからない彼女はホテルからほとんど出ていない。
従ってホテル内をぶらぶらと探索する以外することもなく(それでもニューヨークで1、2を争う格式を誇るだけに見どころも多々あるのだが)暇そうではあったが、退屈している様子ではなかった。
そういうところが彼には好感がもてる。
何にせよ見るもの聞くもの全てが珍しいらしいので、何を見せても何をさせてもこちらがいい気分になれるからだ。
邪魔にはならんだろうと思った時点で何かの思うツボにはまっていた。
モクバも連れてセントラルパークを抜けてアッパーイーストサイド観光にくり出す。
子供向けの遊技施設をいろいろと回ったり、再開発されて新しい観光名所になりつつある通りの地味などを物色したりしているうちに昼近くになった。
「兄さま、そろそろランチにしようぜ」
モクバが言うのにあわせてうなずくと、大人しくついてきていた彼女にも声をかけた。
「何が食べたい?」
彼は食事に対して執着があるほうではないので、こういう希望はもっぱらモクバかゲストを優先することに決めている。
幸いここはニューヨーク、ミッドタウン。正統派フレンチから流行りのアジア系フュージョン料理までグルメを満足させるラインナップは世界一、食べられない料理を探す方が難しい街である。
「ええと・・・」
突然話題をふられた彼女は首をちょこんと傾げて迷っている。
「どうした。普段食べられないものを食べるチャンスだぞ。日本の田舎町ではお目にかかれもしない料理がめじろ押しだ。なんでも好きなものを言えばいい」
気前よく言ってやったつもりだが、彼女にしてみればその日本の田舎町ですらろくに外食などしたことのない身である。食べた事の無いもの、と言われても食べた事が無ければ名前などあげられようもなかった。
ええと、ええと、ニューヨークの名物・・ってなんだろう。ニューヨークってアメリカよね。アメリカの名物。
この人種のるつぼの街にきてお国料理を探してしまうあたりが彼女の世間知らずっぷりを物語る。
挙句、思い付いたものと言えば一つしかなかった。
「ええと、ハンバーガーとコカ・コーラ」
フレンチなら、ル・シルクかブーレー、アジア系ならアジア・ド・キューバ 、いやいや毛色をかえてオイスターバーでもいいかと頭の中のグルメリスト(たいていアイ・ツー(インダストリアル・イリュージョン)社からの接待で行った店ばかりである)をひっくり返していた彼の頭にいきなり、マックなピエロが乱入した。
「・・・・・・・・・・・・なに?」
聞き違いかと見返せば、どんな五ツ星レストランのドレスコードも軽くクリアできる薄いブルーシルクのワンピースに身を包んだ少女は、胸元で軽く手を組んで笑っている。
「ニューヨークの名物料理ってそれしか思い付かなくて」
名物料理。
北海道でカニとかいうんじゃあるまいし、このコスモポリタンな街にきてお国自慢の郷土料理を所望されるとは思わなかった。
「ええと、毎日おいしいもの食べさせていただいてますけど、まだアメリカっぽいお料理って食べてないなぁって・・・」
さすがに絶句する海馬に気付いたか、少女はきまり悪げにうつむいた。
それは確かに。
だが、アメリカ料理などというものはジャンクフードと同じだと、無礼きわまりない海馬はホテルで食べる食事のほとんどをもっぱらフレンチとイタリアン、場合によって外食で和食、で通してきた。
幸いホテルの中には世界屈指の名料理人が采配を振るうレストランもあったし。
食べるものにも着るものにも住むところにも金を惜しんだことはない、ここまでもてなしてなんの不足があるとは言わせんぞと心中豪語していた彼である。
それがここにきて。
ハンバーガーと、コカ・コーラ。
兄のショックに気付いたモクバがなんとか合いの手を入れた。
「し、静香。あのさ、そういうのは日本でも食えるんじゃないかな。もっとこう・・ほら、、、えっと、、、」
だが、兄と一心同体の彼にとっても静香の発言は意表をつかれたようで咄嗟にいい案が浮かばないようだ。
「・・・そうだ! 兄さまに任せなよ! この街はさ、いろんな人種の人間が住んでるから、いろんな国の料理が食べられるんだ。静香の行ったことないような国の料理もあるよ!」
「行ったことのない国?」
無邪気に笑う少女の「行ったことのない国」は全世界国連加盟国数で189国あった。(外務省報道国連加盟国数:191/2003年現在)
結局、その場はモクバのとりなしによってなんとか静香のジャンクフードな案は取り下げられ、アメリカっぽい料理という希望のみ考慮した結果、グルメガイドの「ニューアメリカン・ナンバー1」というわけのわからない謳い文句が決め手でハリソン・ストリートの「シャントレル」が採用となった。
出てきた料理はフレンチと大差ないように思われたが、ともあれ値段相応に味に不足はなく静香は満足したらしい。
アボガドのサラダに舌鼓を打つ彼女の幸せそうな表情を横目で見ながら、今度ペガサスに会ったらいったいこの料理のどのあたりがニューアメリカンなのか説明させようと海馬は思った。

この話を書くためにニューヨークの観光案内を求めてネット中を泳ぎ回りました。
海馬兄弟と静香が泊まったホテルは5番街セントラルパーク前にある「ザ・ピエール」という5ツ星ホテル。
フォーシーズンズにしようかとも思いましたが、ベルサイユ風の内装と格式優先でこっちにしました。
ちなみに上記にあげたレストランの名前も一応実在します。・・あくまでネットの情報でですが。