Prologe>>

「水野竜也! 勝負だ!」
「やかましい! そんな科白はまともにトラップくらいできるようになってから言え!!」

 クールビューティの異名もどこへやらフィールドの向こうに居並ぶ有象無象に向けて怒鳴り返す水野に、練習を中断された面々はやれやれまたかとため息をついた。
 本日3人目の挑戦者。通算でいくなら25人目。
 その原因たる少女はといえばスコアボードを抱えて至極ご満悦そうだ。
 いいかげんにしませんか、マネージャーさん。
 つか、まともな練習させてーな。
 冗談ごとでなく一週間後には武蔵野森との練習試合が待っている。2勝3敗の雪辱をはらせるかどうかの大事な試合なのだ。
 練習大好きっ子の風祭でなくとも不安が走る今日この頃、キャプテン気の毒ーなどと笑っていられた時期はとっくに過ぎていた。

>>Clank in

「サッカーなんかのどこがいいんだ。たかが玉蹴りじゃないか」
 そんな命知らずな言葉をどこかの馬鹿が吐いた。
 それが発端である。

 小島有希。サッカー部マネージャー件女子サッカー部部長。そして桜上水中彼女にしたい女の子上位ランキング保持者。
 しかしながら彼女にとっての学校生活は一にサッカー、二にサッカー。三、四もサッカー、五にサッカー。彼氏ぃ? ナニソレ、サッカーより楽しい?てなもんである。
 その彼女にこの暴言だ。
 ふられた腹いせとはいえ、許しがたし!
「そんなに言うなら、サッカーであたしに勝ってみなさいよ!」
 ここでこんな買い言葉が出てくるあたりが彼女の漢前っぷりを物語る。
「馬鹿言うなよ。女相手にマジでできるわけないだろ」
 さらにコンプレックスに抵触するようなことを言われて怒りの度数はあっさりとMAX値をオーバーした。
「そんなら水野に勝ってみせなさいよ! そしたらつきあいでもどつきあいでもなんでもやったげようじゃないの!」
 どがつくだけでエラく違う。
 いやつっこむべきはそこやないけど。
 その科白を聞いたのが、当の男子生徒だけではなかったのが、彼女の、いや水野にとっての、ひいてはサッカー部全体にとっての不幸だった。
 隣のクラスで悪ふざけのあげく教師に説教を食らっていたシゲ他数名の男子生徒の耳にもしっかりと届いていたりして。
 かくして噂は校内を席巻する。

「たつぼーん。ほんなら俺らランニングでもしてくるわー」
 キャプテンでもないのに仕切り癖がついてしまったシゲが手を振る。
「かまわん。30秒で終わらせてやる。さっさと来い! ド素人野郎!!」
 あのーなんだかキャラが変わってませんか、キャプテン。
 ふりかけた手をツッコミ仕様に変えて、おい、てな感じでシゲは脱力した。
 そして宣言どおり、決着は30秒でついた。
「100年早いってんだよ」
 けっ、とばかりに倒れ伏した相手にサッカーボールを蹴りつける水野を見て、歓声を上げる桜上水中水野竜也ファンクラブの女生徒たち。
 やっぱりキャラが変わってる・・・。
 いやこれはこれで頼もしいのかも。でもやっぱりタツボンはどっかこー繊細な感じが売りだと・・・ああもうなにがなんだか。
 とにかく。元凶は小島有希。それであることに疑いはないはずなのだが。

「キャプテンもいちいち相手にしなけりゃいいじゃないですか。」

 けちょんけちょんにされたあげくにフィールドから蹴りだされる男子生徒を見送って、下級生の一人が戻ってきた水野に声を掛けた。
 一勝負終えた後の額の汗が男らしい。上機嫌の有希が差し出すタオルを受け取って、(このマネージャーの機嫌のよさがどこらあたりに起因しているのか、知るのも知らないのもちょっぴり怖い。)

「馬鹿言え。玉蹴り遊びだなどといわれてサッカー男児が黙っていられるか。」

 いやあのサッカー男児って。この世でもっとも彼に不釣合いな代名詞に、全員の頭がでんぐりがえった。
 フィールドの貴公子、サッカーの王子様と言われたアナタがいったいどうしたんですか。

「そうよ! サッカーを玉蹴り呼ばわりした罪は重いわ! サッカーを馬鹿にするものはサッカーで泣かしてやるのよ!」

 小島・・・引用が激しく都合よく違うぞ。
 普段は毒舌をもってなる不破でさえつっこみかねて心の中でつぶやく。

「ここが武蔵野森ならゴールポストにくくりつけてシュート練習の的になってるところだ。たかが決闘で負けて大恥かくくらいなんだ」

 たしかにあの学校ならやりかねない。
 全員総当りのカウンター攻撃に『黒い津波』なんて必殺技みたいなネーミングをするあたりノリが特撮系だしな。
 そうするとさしずめ水野は悪の秘密結社のボスの改心した一人息子か。
 子供の頃から仮面ライダーシリーズはかかさず見てきた高井の脳裏に、黒いマントを着こなし斜め45度の角度から人を睥睨する水野と、やはり黒い制服姿の藤代・三上以下武蔵野森の面々の姿が浮かんだ。
 いやかも。そんなサッカー部。いやすでにそれサッカー部と違うし。

「武蔵野森でもそんなリンチやってなかったと思うけど・・・」

 ぽつりとつぶやく武蔵野森出身者の言葉は水野に平然と否定された。

「風祭。お前は甘い。あの桐原が監督をやっているんだぞ。子供の頃からヤツに鍛えられてきた俺には分かる。武蔵野森は人外魔境だ。人の皮をかぶった悪魔の巣窟だ。あんなところに桜上水が負けるわけにはいかん!」

 水野のメンタル値は100アップした。そんなアナウンスがどこかから聞こえてきそうだ。
 韓国戦・トレセン合宿を経て、深刻なスランプに悩まされつつ、西園寺の過酷な試練に耐えてきた水野竜也は、今確実に不死鳥のごとくパワーアップして蘇っていた。・・・多分に余計な方向性にではあるが。

『キャプテン!!』

 しかし水野のそんな熱意(?)にあてられたか、話がずれまくったあげくに、全員の思考が打倒武蔵野森にベクトル修正されてしまう。
 妙な闘志で盛り上がるサッカー部をざわざわと遠巻きに見つめる生徒たち。
 何はともあれ士気があがったのはめでたいことではある。
 そんなことを考えるに及んでこの場にいる誰の頭からも。
 おそらく元凶である当の本人の頭からも。
 この真昼の決闘の原因がなんだったかは、きれいに忘れ去られていた。

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 後日、この噂を、練習試合で訪れた武蔵野森サッカー部のレギュラーメンバーが聞きつけて。
 いつも以上に水野にマンマークがついたり、そのあげくにキレた水野に全員がずたぼろにされたことなどは。
 ほほえましい青春のエピソードのひとつである。