これなら受け取ってもらえないはずがない、と教室の片隅で高々と掲げられたソレは。
 来月開催予定の全日本対アルゼンチン戦のプレミアチケットだった。  

your festival day

 これなら絶対確実よ!
 すごーい。どうしたのそれ。とっくにソールドアウトしてるんでしょー?
 パパがお得意さんからもらったんだって。
 これなら絶対確実に受け取ってもらえるよね。
 
 いやでも耳に入ってくるその会話に目をやった時、話題のチケットを手にした女と露骨に目が合ってしまった。
 こっちに聞かせるつもりで言ってたんだってことはすぐにわかったから。
 あたしは無理矢理視線をそらせて、何でもないって顔を作った。
 昼休みの喧噪の中、隣の席はぽっかり空いたまま。
 休み時間の度にサッカー部の部室やら屋上やらに逃げ込んでいる彼は今日で15歳の誕生日を迎えた。

「タツボンも苦労性やなー。逃げまわっとらんであっさり受けとっとけばええのに」
 厳しいキャプテンや社会人のコーチが未だに姿を現さないのをいいことに、サッカー部の部室でシゲはすっかりくつろいでいる。
 ついでにいえば今日は小雨日和でグラウンドコンディションもあまりよくない。
 風邪がはやっている時期でもあって、今日はビデオで研究、ということになっていた。
 従って狭い部室にわんさと部員がつのっているためとりまとめ役を欠いた今はすっかり雑談モードに入っている。
「水野くんはまじめだから、よく知らない人のものは受け取れないんだよ、きっと」
 天然善意の風祭が一人熱心に見ていたビデオから顔を上げて笑って言った。ついでにいえば彼も同じ、知らない人から物をもらっちゃいけません、が徹底しているタイプだが、同時に他人の善意を拒否できずに結局流されてしまうタイプでもある。
 そしてシゲはといえば貰えるもんならなんでも貰いまっせな関西人であった。
「なんやポチ。それはオレが不真面目や言うてんのかい」
「違うと思ってんのかお前は」
 切り替えされて困る風祭に代わって高井がつっこむ。
 そしてシゲの返り討ちにあう。ギャーとかワーとか巻き込まれた周囲がむやみに騒ぎ出す。いつものパターンであった。
 普段ならここで水野なり小島なりの制止が入る予定である。
 しかし水野は今ここにおらず、次点の有希はといえば・・・。
 あれいつもとパターンが違うなと疑問を抱いた森長が背後でスコアノートを分析していた小島を振り返った瞬間。

 ブチン、と機械にはヤバ気な音をたてて、テレビのスイッチが切れた。
 ガタン、と椅子が背後に倒れる。
 仁王立ちになったマネージャー兼女子部部長小島有希の手には、あきらかに無理矢理ひっぱり抜いたと思われる黒いコンセントケーブルが握られている。
 異様な迫力に周囲が静まる。
「こ、こじま、ちゃん・・・?」

「ビデオ」

「はい?!」

「見ないんなら切るわよ」

 もう切れてる、、、てゆーかそんな切り方したらビデオデッキの方が壊れるよ小島さん・・・。
 風祭が壊れたら修理代は部費から出るのかなぁなどとやけに現実的なことを考えていた時。  

「なんだ。もう見終わっちゃったのか」
 絶妙のタイミングで部の最高権力者が帰ってきた。
「? どうした?」
 周囲の凍り付いた雰囲気に本日15歳を迎えたキャプテン水野竜也が疑問符を飛ばす。
「おかえり水野」
 ふりかえった小島の表情は、なぜかぎこちなかった。
 笑おうとしても怒りが押さえきれない、そんな顔。
「? ああ」
「遅かったわね、ずいぶん
 倒置法で強調された一言が強烈な嫌みであることは誰の耳にも明らかだった。
 ああ水野くん、ごめんなさい! 僕らが騒いでいたとばっちりが水野くんにまで・・・・!
 周囲の誰もが罪のないキャプテンに心の中でわびていた。
 と同時に、周囲の誰も小島を止めなかった。
 すまんタツボン。これもキャプテンの仕事のうちや・・・オレらのために耐えてくれ・・・・!
 たとえとばっちりのやつあたりでも、怒りの矛先が逸れてくれるならなんでもいい。
 それくらいさっきの小島は怖かったのだ。
 なんだよあの日かよ小島ーなどと茶化して誤魔化そうとした馬鹿は秒殺で足下に沈められているのだから。
「ああ。まいったよ。今日一日逃げ回ってたからなー」
 強烈な嫌みの効果にもひるまず水野は重いスポーツバックをどさり、と自分のロッカーの前に置く。
「へーえ。おモテになる方はたいへんでございますこと」
「まあ毎年のことだしな」
 小島の嫌みの連打を軽く受け流す水野。
 さすがキャプテン! 頼りになるう!
 肝心なところでヘタレなんて思っててすみません! 一生ついていきます!
 タツボン・・・15歳になって成長したんやな・・・お兄さん感動や!
 周囲の誰もが妙に余裕げな水野の姿に感動したそのとき。
「でもその甲斐はあったよ」
「へえ?」
「最後の最後でいいもん手に入ったんだ」
 ごそごそと鞄から取り出した2枚のチケット。
 見忘れようもないソレは。
「対アルゼンチン戦のチケット。プレミア席だぜ」
 さんざ逃げ回ったけど、こればっかりは断れないよなー。
 露骨に幸せそうな水野とは対照的に、小島の可憐な握り拳はそれをどこにぶつけるべきか迷うかのように震えていた。
 具体的に何がどうという理由はないのだが。
 最後の爆弾を投下したのが、上機嫌にチケットを見せびらかすこのサッカー馬鹿であるということを、その場にいた誰もが理解していた。  

「? なんだよ? なにそんなにふくれてるんだ?」

 あの後、シーンと冷えた空気の中、あいかわらず状況の見えていない水野が、見終わったんならそろそろ帰れよお前ら、風邪はやってんだしな、
 あ、そういえば松下コーチも風邪だってさ。だから今日はお開きなーと上機嫌パワー全開で告げ。
 マネージャーの怒りが最後の頂点を迎えぬウチにと全員が脱兎のごとく逃げ帰り。
 その場にいたってようやく状況の見え始めた水野がきょとん、と見送る中。
 彼女は相変わらずその場にたたずんでいたが。
 不発に終わった爆弾を飲み込んで、ようやく帰り支度をはじめた。

 なによなによなによ。

 やつあたりに使われたのはホントは部員たちの方だと、あの場にいた何人が気づいただろう。
 カンのいいシゲや、いつもいっしょにいる麻衣子あたりには多分バレただろうな。
 それを思うと余計に腹立たしいやら情けないやら。
 情けないついでに傘を忘れていたことも思い出してしまった。
 外は雨。

 はふ。とため息をついたとき。
 部室の鍵を手にした水野がまだ扉の前で待っていることに気がついた。

「鍵なら閉めとくわよ。」
 先に帰れ、の意思表示だった。
「そういうわけにもいかないだろ」
「なんでよ」
「傘」
「え」
「持ってきてないんだろ」
 なんでそういうとこはチェックが細かいかこの男。
「朝、忘れたって言ってたじゃん」
「・・・・・・入れてくれんの」
「風邪はやってるって」
 女の体は冷やすもんじゃないって言うしなーと部室の鍵を閉めながら、天然完全培養のフェミニストはつぶやく。
 ありがとう、と言えればいいのにと思った。
 それで、ついでのように、誕生日おめでとう、お礼になんかおごろうか?
 完璧じゃない。

 昨日の晩考えて出した結論がソレだったのだ。
 

 『誕生日おめでと。せっかくだからなんかおごったげる。』

 形にするには恥ずかしくて、でも部員全員で買ったウェアだけというのも味気ない気がして、帰ってきた兄が、好きでもない子にもらった物っていうのは困るんだよな、捨てるわけにもいかないしなーなどとつぶやくのを聞いて。
 じゃあ食べるもんにしようかなって、でも手料理って呪われそうでヤダなんて以前言ってたことも思い出して、これなら不自然でないし、完璧! とか思ったのに。
 
 国際試合のプレミアチケット。
 
 負けた、と思った。
 形には残んないし、二人で想い出も共有できるし、そしたら次につなげられるし、呪われそうなアイテムでもないし、もしなんか憑いてたとしてもサッカーがらみだったらどんとこいなはずだ。このサッカー馬鹿になら。
 そんなものもらったら水野が喜ばないはずがない。
 
 
 並んで帰りながら、ずっとうつむいている彼女に、水野が不思議そうに声をかける。
「なんでそんなに不機嫌なんだ?」
「別に。なんでもない」
 そっけなくないように言ったつもりだが、そうは聞こえなかったようだ。
「オレ今日誕生日なんだけど」
「知ってる」
「少しは優しくしよーとかいう気になんない?」
「してもらいなさいよ、誰にでも」
 感情の波が振り子みたいに揺れて、今のはまずかったかなーと有希は落ち込む。
 傍らの水野は気にした風もなく、そんな有希にちらりと視線を投げた。
「ふむ」
 天を仰いで、一言。
「うちのお姫サマはご機嫌ナナメですか」
「誰がお姫サマよ」
 そんな柄じゃない、と顔を上げた鼻先に。
「じゃあ」
 まるでアメでも差し出すみたいな気安さで。
「コレあげるから機嫌なおしなさい」
 冗談っぽく差し出されたソレは。
「・・・・・・だってこれ」
 対アルゼンチン戦プレミア席ペアチケット。
「12月24日の日曜日だってさ。国立競技場で全日本のオールメンバーだぜ。アルゼンチンもワールドカップの時のスタメンが来るって話だし」
「・・・・・・だってこれ、あの子から貰ったんでしょ・・?」
「ん? そう。貰った。家族の誰もサッカー興味ないからって」
 目の前の男はなんの罪悪感もなく笑っている。
「でも、彼女、は」
「サッカー興味ないんだったら、見てもつまらないだろ」
 でも、彼女は。
 彼といっしょに行きたかったはずだ。きっと。
「だから、部のヤツ誰か誘っていくよって、貰った」
 膝から下の力が抜けそうだ。
 コイツ・・・本気で気づいてないの?
 いや気づいていないわけがない。気づいていてはぐらかしてチケットだけ取り上げた。
 そりゃマリーシアだってテクニックのうちだけどさ。
「サイッテー・・・・・・」
 ぼそりとつぶやかれた一言に、端正な顔が少し意地悪げな笑みを作った。
「オレ今日誕生日なんだよな」
「それはさっき聞いたって」
「だからいいだろ?」
「何が」
「いっしょに行くヤツくらい、自分で選ばせてくれたってさ」
「聞くけどその選択権は誰にねだってるプレゼントなの」
「そりゃもちろんカミサマに」
 つまり自分に拒否権はないと。
「カミサマ・・・ねぇ」
「そう。サッカーのカミサマに」
 すでに恩寵いただきまくりの男は霊験あらたかに宣言した。
「ふむ」
 一瞬考えて、有希は頷いた。
 それなら従うしかない。
 

 happy end…?

なぜに試合が12月24日なのかと申しますと。
さりげなく(←どこが)クリスマスネタに漕ぎ着けようとしとるからですな。勝負(何のだ)をかけるには絶好のチャンスです。がんばれ水野竜也。