へらへら笑うその顔が、ばかみたいにムカつくから張りたおしたくなる。
彼の痛みは大幅に方向性を変えて表現されるから、微細な変化より気づきにくくて確信も持てない。
へそ曲がり同士だから、気が付いたのかもしれなかった。
かれのえがお
気安い笑顔で、手には細い刺繍針。
シゲちゃん、上手ーい、などと煽てられながら慣れた手つきで糸をかがる。
関西弁のパッキン男が手芸部だなどと一体なに似合わない真似をと思っていたら本気で上手いのだから、悪い冗談としか思えなかった。
……存在自体が冗談みたいな男。
ため息をついて本日の実習の成果に視線を落とす。
実習が調理だけならいいのに。
家庭科の授業がある度にそう思う。
生来、細かい手仕事は苦手なのだ。調理だったら多少おおざっぱでも何とかなる……と思う。多分。
「ヘッタクソやなー」
言わずもがなのことをはっきりと耳元で言われて、勝ち気な彼女の柳眉がきりりと跳ね上がった。
反射的に顎をあげると、目の前に広げられた鮮やかな刺繍細工。
にっかり笑う男の笑顔にむかついた。
「どや、うまいやろ?」
そう言って披露して見せたそのハンカチの刺繍は、確かに達者ではあったけれど。
試験後になると毎日のように顔を合わせるこの男は、彼女と同じ補習組の常連である。
異なるクラスで、しかも異性で、なぜか一番に口をきくようになったことが彼女には不思議でしょうがない。
親しくなった、などとは絶対に思ってはいない。
ただ口をきくだけ。会話を交わすだけ。調子のいいことだけ言って、当たり障りのない話題だけ口にして、お互いの腹を割った話などしない。
何が好きとか嫌いとか聞いたりしない。趣味だの特技だの尋ねたりはしない。
ただ目の前に対象物があって、それについてどうこう言うことはある。
最近寒ぅなったなー。そうね。オレ寒いん苦手やわ。そんな感じね。どんな感じやねん。なんとなくよ。
なんとなく。
なんとなく判る事はある。
例えば、気配を消すようにしていなくなる一瞬とか。
らしくもないものを広げて「趣味」だなどと大嘘をつく笑顔の痛みとか。
「……趣味じゃないでしょ」
「なんでや、こんなに上手いやん」
不服そうにそれでも崩れない笑顔が、大嘘の証拠だ。
趣味だなんて、そんなこと言って、でも全然こだわってなんかいないじゃない。
「上手いわよ。確かにね。でもね、それって趣味じゃないでしょ、特技でしょ」
「おんなじやん」
「違うわよ」
「どう違うん?」
「特技っていうのはね、たいして好きでなくても、できることを言うのよ」
「趣味は?」
「好きだからやってることを言うの」
「へえ」
「あんたの好きなことって、そんなものじゃないでしょ」
「ひどいわー。人の力作に」
よよよ、と大げさに嘆いてみせる。そんなふざけた仕草にまた苛ついた。
なんだって自分はこんな道化芝居につきあっているのか。
なんだってこんな投げ売りのような笑顔を受け流してしまえないのか。
「でもあんたの好きなものって」
言わなければいい。言うべきじゃないと一瞬思った。
でも別にかまわない。
どうせ傷つくのは私じゃない。
「ホントはもっと違うんでしょ」
「…………………………へえ?」
微かな疑問符が、拒絶の証だった。
お前に何がわかると、嘲りさえ滲ませて。
言わなければよかったと、思った。
傷ついたのは、やっぱり自分だった。
「なんで、やりたいことやらないの」
それが何なのか、麻衣子は知らない。
ただ何かあるんだろうと、それはやっぱり漠然とした印象だったけれど。
ただなんとなく。
笑顔が痛いから。
おどけて笑うその中に、笑わない瞳だけが抜けない棘のように残るから。
欲しいものを欲しいと言えずに、唇を噛んでいた幼い頃の自分に重なるのだなどと。
気づいてしまわなければよかったのだ。
仕事に生き甲斐を見いだす両親に、いい子でいることをやめて諦めない生き方を選ぼうと決めた中学の入学式。
決意だけは立派で、でもじゃあ何を諦めないようにすればいいのか、それすらわからない今。
欲しいものがあるくせに、諦めるこの男が笑っていることが信じられなかった。
「…………」
ひらひらと、目の前に落ちてきたハンカチ。
真っ赤な刺繍糸に目を奪われる。
複雑に入り組んだ迷路のようなその模様。
茨のつるのようにぐるぐると。
「…………やるわ」
それだけ言って男は踵を返した。
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「……てなことがあったやろ。1年の時に」
「そうだったかしら」
嘘だ。本当は覚えている。あのときもらったハンカチも大事に取ってある。
ただ癪だから教えてはやらないと決めている。
「なんで見抜かれたんやろなーて、ずっと不思議やったん」
サッカーボールを磨く麻衣子の傍らに座り込んで、勝手に休憩タイムに入った男はつい最近関西選抜の一員としてナショナルトレセンに参加していたらしい。
詳しい事は知らなかったが、その頃から笑い方が変わってきたことに気づいてはいた。
後から事情を知って、やっぱりと思った。
そのあたりは相変わらず「なんとなく」なので、なんでわかったのかなどと言われても困る。
「なんで?」
重ねて聞かれて、答えを探した。
なんとしたものか。
「多分……似合わないと思ったからじゃないの」
「?」
「アンタとバラの花って」
ひどいわー力作やったのにーと大げさに身をよじって男は笑った。
その笑顔は棘をささない。
in progression..
……リクエスト通り…とはとても言えない気が。ううう。これが精一杯なんで許してやって下さい…。
二人の絆というものを考えた時、やはりくるのは「似て非なる鏡像」なんですよね。
同じような境遇にいても考え方が真っ向から違う。
お互い、両親に愛されていないわけじゃないけど、かまわれてはいない、というか。(脳内設定)
両親が両親の都合で生きてるということを幼いうちから自覚させられてて、
小さいころって自分中心の世界にいたいからそれはかなりつらいというかキツいと思うのですよ。
シゲはそれで諦め慣れして、麻衣子は逆にもっと声をあげることに決めた、という感じです。
何を語ってるんだ……(苦笑)
ようはサッカー部より前の二人が書きたかったのですね。
お目汚し、失礼しました…。