「あたし、藤村さんとつきあってるんです」などと。
 いっかにもアタマ軽そーな女が。

「別に、だからお二人のこと、どうこうっていうわけじゃないんですけどー。一応お伝えしておいた方がいいかなって思いましてー」なんて。
 だからなんだとしか言いようのないような主旨滅裂な言葉を。

「だって、お二人も、やっぱり長いおつきあいだっていうしー」
 いかにもアッタマ悪そうな口調と笑顔で話すものだから。

 怒りも嫉妬も通り越して、思わず「いい精神科医、御紹介しましょうか?」などと口走ってしまうところだった。

「……………そうなの」

 対する自分の返事も相当間が抜けていると思わざるをえない初秋の午後。
 いきなり呼び出された喫茶店で待っていたのは大学の後輩と、その高校時代の友人と、そのまた大学の友人の……えーと名前はなんだっけ。
 出会った瞬間に3人がかりで名乗られたものだから忘れてしまった。
 案の定、この女バカなんじゃないの? という視線が三人分注がれる。
 こういう場合はええと、やっぱり怒るべき? いや違うか、もっとなんか聞くべきなんだわきっと。
 
「あ…その、ええと、それは、いつから、なのかしら」
「今月のはじめからです」
 今は月末に近い。約3週間というと…短い……のかしら。短いだろう。
 でもこの娘たちの頭の中では、私の方が「長過ぎ」で「飽きられ時」ということになるのだろうか。
 
「というと…1日から4日までは遠征で埼玉のはずよね、次の5日はオフでこっちに来てて、次の日の9時26分発の新幹線に乗ったから、京都に帰ったのが……ええと6日の昼前?」
 自分でも覚えていられるのが不思議なくらい詳細なスケジュールを挙げてやるとつきそいの2人が青ざめるのがわかった。

 それでも口火をきった肝心のひとりはまだ笑顔を崩さない。心構えだけは立派なものだと思う。
 
「7日の夜です。夕食をごいっしょしたんです」
「その日は、あの人、ジムに行ってるはずだけど」
「ええ。そのジムで知り合ったんです。それで」
「…………」
 こちらの視線をものともせず受け止める、その心構えは立派だ。構えだけは。

 こういうのなんて言うのかしら。門を高くして…なんとかって古文かなんかであったわよね。なんだっけ。違ったかしら。そういえば国文のレポートで今度浅葱色っていうのがどんな色か調べなきゃいけないんだったわ、そうだアイツに聞いてみよう、あれでも呉服屋の跡取りだっていうし知ってるかも………。
 思考が全然違うところに行きかけて、ふと我に返った。
 だって。ねえ。
 目の前の女がまだへらへら笑ってて、他人の男、寝取ったの自慢しに来て、しかも3人がかりってどういう神経?
 よくまあそこまで自尊心を捨てられるものだと感心さえしてしまう。

「……………ジムに通われてらっしゃるの?」
 少しズレたところから返してやると、得意そうな笑顔が少し弛んだ。
「ええ」
 それ以上は言わない。---多分、言えない。
「そう」
 目の前のコーヒーが少し冷めかかっているのが気になった。
 口に含んで熱さを確かめて、うん、まだ大丈夫そう。
 カップの縁からこちらの出方を伺っているような表情がちらりと見えた。
 もういい加減相手にするのも疲れる手合いだ。来るなら一人で来なさいよ。
 言いたいことがあるならはっきり言えばいい。
 

「あいつは……………………行かないわよ。ジムになんて」
 行くわけないでしょう。あの無精者が。

 目の前のしたり顔が色を失ったのが分かって。
 少しだけすっとした。

「試合の度にチケット送ってくるの。
 毎晩9時に電話がくるの。
 毎朝6時にはモーニングコールがあって、
 オフの日はほとんど会いにくるの」

「浮気疑ってるヒマなんて、ないのよ」

 着信履歴を埋め尽くす「藤村 成樹」の名前。
 たまにはこっちから電話するわよと言ってみても、こっちがかけようとするより先にかかってきてしまうことの方が多いから、なんだか悔しいぐらいに発信履歴は埋まらない。
 忙しいのはわかっているからメールだけにしておこうなんて妙な遠慮をしようものなら、返事を打つのが面倒だ、直接話す方がいいと掛け直してくる始末。
 試合の度にチケットを送ってよこし、行かなければ行かないですねるから、日本全国Jリーグの試合をおっかけて旅行しなくちゃならないし、そうすると観戦ツアーとかの方が安いかしらとか思って、サンガのサポーターズクラブなんてものにまで入ってしまった。おかげで親からはすっかりサッカーファンだと思われている。
 仕事で忙しい穴埋めにと愛娘の旅行費用を気前よく出してくれている二人に、一体いつ真相を切り出せばいいだろう。

 ふと気付けば、目の前に座っていた3人組は帰ってしまっていた。
 机の上に置き去りに去れた伝票。
 まあいいわ。コーヒー代くらいはおごってあげましょう。
 あさって会うはずのシゲにその分奢らせてやろうと決めて、麻衣子も席を立った。

 ─────それにしても、どうやってあたしのこと知ったのかしら。
 それだけが疑問といえば疑問だった。


「麻衣子───ッ!!!! アンタ、早まっちゃダメよ────っ!!!!」

 翌朝。
 いつものシゲのモーニングコールではなく、一週間遅れで定期購読しているスポニチ関西版を読んだという(なんだってそんなものをわざわざ海外購読しているのだ)小島有希からの電話で、麻衣子は叩き起こされた。

「────?」

 寝ぼけ眼で、送られてきたメールを開けば、問題の記事をスキャナで取り込んだ画像が添付されている。
 夜半、フラッシュがぼけてはいるものの、見る者が見ればはっきりわかるそれは。
 京都市内の「とある場所」から出てくる麻衣子とシゲのフォーカス写真だった。