
「Happy Birthday,Tatsuya!! 今日の勝利は最高のプレゼントになったんじゃないかね?! HAHAHA!!」
凱旋将軍よろしく上機嫌で、本日のMVPに声をかけたチーム一の巨漢ディフェンダーは、ふりかえった瞬間の相手の顔に思わず声を失った。
暗い。てゆーか怖い。
ただでさえ三白眼ぎみの瞳はなかば恨めしげに半目だし、額の辺りに限りなく何かが「憑いてます」的なおどろ線が漂っている。
「・・・ああ。サイコーだよ。ありがとう。ハハハ」
セリフの全てが嘘だとひび割れたような声色が証明していた。
できそこないのロボットよろしく口元を歪めて、どうやら笑顔のつもりらしい。
そしてそのまま踵を返すと更衣室を出ていった。背中に背負ったスポーツバッグがまるで苦行僧の荷物のようだった。
「・・・・・・いったい、どうしたんだ彼は?」
毒気を抜かれたような顔でつぶやいたDFに、傍のFWが首をひねった。
「さあなぁ・・・なにせ試合中もあんな感じだったよ。このヤロウ外しやがったらコロス! みたいな殺気がガンガン飛んできててさぁ・・・」
「気合い入ってるってゆーより死にものぐるいって感じのプレイだったよな」
「そうそう。相手のDFも半泣きだったよ。体当たりされかかったときなんかガンつけただけでびびってたもんな」
「スライディングで相手のボールカットした時なんか本気で足、削る気だったぜ」
「ちっ、外したか、なんて言ってたもんな」
「どうしたんだろな。普段のミズノらしくない」
「それで・・・原因はなんなんだ?」
もちろん、誰も答えられる人間はいなかった。
水野竜也。今や押しも押されもせぬ国際的名選手。イギリスで大活躍中の天才MF。
億単位の契約金で移籍したチームでもスタメンで、優勝街道驀進中。来年の年俸も120%アップを確約され、サッカーに生きサッカーに捧げた人生は向かうところ敵なしの彼は本日めでたく25歳の誕生日を迎えた。
本当なら今日の勝利は最高の誕生プレゼントになるはずだったのに。
盛大なため息をついて視線を上げれば、仮の住まいとはいえ、ハイドパークを見下ろす絶好のロケーションに立つ新築のコンドミニアムに煌々と灯った明かり。
現実は隠しようもなく派手に存在を主張していた。
「おっかえりなさーい!!」
扉を開けてただいまを言う間もなく、頭にふりかかるクラッカーの紙吹雪。
ぱぁん、という乾いた音の後、沈黙とともに硫黄くさい火薬の臭いが漂った。
「・・・・・・」
「ナニソレ。くっらーい!!」
誰のせいだと思ってんだよ、と心の中でつぶやいて、不満顔の彼女の脇をすり抜けるとスポーツバックを下ろした。
「もーう!! せっかく誕生日のお祝いしようと思ったのにーー!! 竜也がくらーい! つめたーい! つまんなーい!!」
「・・・・・・ほっといてくれ。頼むから」
ここ1ヶ月で反論は全て倍になって跳ね返ってくることが身にしみて分かっていた。
あの醜聞沙汰以来、なぜか彼の家に居着いている彼女が引き起こしてくれた騒動の数々を思うと、胃薬の世話にならないのが不思議なくらいである。
「ねーえお祝いしよーお祝いしよーよーー!!」
脱ぎかけたジャンパーの片袖をつかんで振り回す小島有希。現在シーズンオフ中。
「わかった。わかったからまず着替えさせろ。頼むから」
「すぐよ? 着替えたらすぐ出てきてよ? 前みたいに眠っちゃうのナシよ!?」
以前ハロウィンパーティをしようと帰るなりカボチャランタンを押しつけられた日は、部屋に入った途端強烈な睡魔におそわれカボチャをかぶったまま寝てしまった。おかげで翌朝顔がオレンジ色になっていたことは思い出したくもない屈辱の想い出である。抱いて寝たいのはカボチャなんかでは断じてない。
テーブルの上に並べられた手料理はそれなりにうまかった。
ロンドン一と言われるケーキ屋に一ヶ月も前から予約していたというケーキは二人で食べるには多すぎる量だったが、確かに味も見た目も一級品だった。シャンパンも極上で、食器も銀で、彼女もドレスアップしていた。
言うことナシの完璧な二人きりの誕生日だ。
なのに・・・どうせこいつは今日もはぐらかすんだよな。
シャンパンのグラスに口を付けながら水野は虚しく自嘲する。この1ヶ月。こんなに手の届く距離にいながらなにもできずにいる己の不甲斐なさに。
「なぁにー? この有希サマがこんっっっなに手を尽くした誕生日のお祝いが気に入らないっていうのー!?」
彼の表情を敏感に読みとって有希が頬をふくらます。
「いや別にそういうわけじゃなくてな」
「せっかく、いろいろ準備したのにー。飾り付けだって玄関とか部屋とか朝からずっとがんばったのにー」
子供のようにむくれる姿はとても可愛い。と同時に酔っぱらっているような気もする。
そういやコイツ、シャンパン何本開けた?
そしてそのシャンパンを買う金は、、、、やっぱり俺のカードから出てるんだろうな・・・。
イギリスに来て以来自分の財布で物を買ったことはただの一度もない彼女である。
自分の誕生日なのに自分で金を払わされている。やっぱり釈然としない。
机の上につっぷした姿勢で嘘泣きしていた彼女がふいに彼を見上げてつぶやいた。
「キライになったんだ」
「は?!」
「キライになったんでしょあたしのこと」
いきなりの飛躍である。
「なにもそんなこと言ってないだろ」
「やっぱりあの女優とデキてるんだそーなんでしょ」
「お前、本気で言ってんのかソレ」
一ヶ月も前の醜聞沙汰を今更蒸し返されて彼は呆れたような声を上げた。
「彼女と過ごすはずだったんでしょ。あたしがいなかったら」
「あのなぁ」
「やっぱりそうなんだ。そりゃあそうよね、あたしなんて日本じゃちょっと美少女で通ってもこっちじゃまるで子供扱いだし、胸だって貧弱だし、二の腕にも足にも筋肉ついちゃって柔らかくないし、あんな大根でも女優は女優だもんね、きっとキスとかえっちとかうまいんでしょーね、どーせどーせあたしなんか・・・」
いきなり後ろ向きになって椅子の背もたれにしがみつきながら、宙にのの字なんか書き始める。らしくもない自己嫌悪なぞに陥って、むくれるのといじけるのを同時にやってのけるのはやめてほしい。
「小島。」
「有希って呼んでくんなきゃやだ」
いじけていても自己主張は激しいお姫様だった。
「有希。」
逆らってもいいことないと長年の経験で知っている彼は、ため息をひとつついて立ち上がり、背もたれにしがみついた彼女の前にひざまづいた。
下から見上げる姿勢で顔を覗き込めば、おおどうしたことだ。あの小島有希様が涙ぐんでいる。
驚くよりも安堵感が勝った。
不安だったのは彼女より彼の方だと、彼女は知っていただろうか。
不安だったのは彼女の方だったと、その泣き顔は主張していたけれど。
「ナニ、泣いてんの」
「………………………………だって。」
ぽつり、とつぶやかれた一言とともにきれいな雫が降ってくる。
こういうときになんて言えばいいのかなんて、彼はとっくに知っている。
腕をのばして、椅子ごと抱きしめて。
「ゆき」
名前を呼んで、優しいキスをひとつ。
あとは。
—————なんにも言わなければいいのだ。
抱きしめた頭越しに、窓に降る雪が見えた。
ロンドンはとうに彼女の季節。