くだらないことが気になって、くだらなさに腹を立てて。
けれど後になってみると大事なことだと気づく。
多分、そうやって見過ごしていることがたくさん、たくさん、あったのだ。
かれのこえ(シゲ麻衣祭12のお題”新発見”)
例えば。
佐藤成樹は実はそれほど背が高いわけではない。
ただいっしょにつるんでいる風祭が平均よりも低め(はっきりいえばチビだ)のため、並んでいると背が高いように見える。
したがって、同じグラウンドに立つまでは大きく見えていた彼の身長が、実は自分と頭一つ分くらいしか違わないとわかって、上條麻衣子はかなり驚いた。
だからどうだというわけではないのだけど。
サッカー部の中で比べてみても、花沢や不破の方が彼より背が高かった。
決して低い方ではないけれど、彼女が想像していたよりは低かった。
ふとしたはずみで並んだとき、見上げるほど大きくもなければ、素直に首を曲げれば目線が合うほど低くもない。
そんなくだらないことを気にしている自分がへんだとも思った。
なのに何故か、声が。
くせのある、やや高めの関西弁は、なぜかいつも遠くから降ってくるように感じるのだ。
どうしてだろう。
時折、彼の話している言葉がわからなくなる。
聞き慣れない方言のせいだとは思わない。
今時関西弁などテレビをつければいやというほど耳に入る。
小難しい慣用句や単語を並べているわけでもない。それならば不破大地の語る言葉の方がよほど異邦人めいていてわかりにくいし、第一彼のおつむの出来が自分とそう変わりはしないことは放課後の補習時間が証明してくれている。
なのに何故。
あなたの語る言葉は、そんなにもわかりにくく、通じにくく、誰にも真意を悟らせないのですか。
口先だけで人を笑わせて、その場を盛り上げて、核心を流して流して。
頭の上を素通りしているように感じるその言葉は、いったい誰に、どこに向かって発信しているものなのか。
周波数の合わないラジオを聞いているようで何故か不快だ。
すぐそばに立ってみても、少しも感度が上がらない。
気がつけばうつむいて顔も上げられない自分がいる。
そうしてますます彼の声は遠くなる。
ーーーー不快だ。
決して本音を見せないその笑顔も言葉も、みんな作り物だと気づいてしまった。
それがくやしがる自分の真意が、いちばん驚きだ。そして、不快だ。
わかりやすい表情をしている自分に気づいても気づかないふりをして、傍らの男はまたしても受信不可能な言葉を垂れ流している。
電信柱のように蹴っ飛ばしてしまいたいと思った。
きっと痛いのは自分だけだろうけど。
自分はその痛みを隠したりしないから、少しはこの男にも通じればいい。
そんなことを考えていたら、ふいに頭をこづかれた。
驚いて振り向けば、傍らの男が笑っている。
「お嬢、つむじ、左巻き」
何がおかしいのか、笑っている。
気が抜けそうになって、誤摩化されるなと自分に釘を刺した。
どうでもいいことばかりよく気がつく男は、どうでもいいことばかり騒ぎ立てて逃げるから。
どうでもいいことばかりが、彼女も気になりだしている。
2004/8.シゲ麻衣誕生祭LOVE&HONEY 初出
どうでもいいことばかりが気になりだしたらそれは恋。
気にしているのははたしてどちらでしょう。