人目を避けるようにして向かい合う二人を見た。
 衝撃、などという言葉で表せるような光景ではなかった。
 さしもの彼ですら到底受け入れ難く、最初は何かの錯覚かさもなければ幻惑の術にでもかかったかと疑ったほど。

 彼女―ミランダ・ロットーはただでさえ痩せた体をさらに竦めて、目の前の男の影に隠れるようにして俯いていた。
 その表情は悲愴感と罪悪感に彩られていて、不幸女とあだ名されていたかつての彼女にとてつもなく似合っていたが、恋人に会っている女にふさわしいそれでは、もちろん、なかった。
 男の方はといえば、ミランダと同じく全身黒尽くめ、黒のフロックコートに黒のシルクハット、肌の色すら褐色という出で立ちで、しかしながらその表情は彼女とは対照的なまでに傲岸な笑みを湛えていた。
 随分長く二人はそうしているらしく、偶然の出会いではないことは明らかだった。
 所謂「男女の仲」と断じるのは早計かもしれない。
 そう思ったのは二人の間に甘やかな雰囲気がかけらも漂っていなかったからだったが、かといって他の関係を思い浮かべることは難しかった。
 通りの向こうのオープンカフェからしばらく見つめながら、やはり、と断じる。
 興味本位で声をかけることなど到底できぬ雰囲気。
 あんな重苦しい空気をまとわりつかせる二人がそれ以外の関係であり得るはずがない。
 

 女が何か、一言二言、相手に告げ、それを聞いた男が冷静な態度で返事を返す。
 だが、崩れぬと見えた紳士的な笑みの中にほんの僅か苦いものが混じり、それが彼女の影に見合うだけの代償と知れる。
 ミランダは俯いたまま顔を上げない。だから男のそんな表情には気付いていないのだろう。
 言葉少なに、口を開いては閉じ、開いては閉じ、慎重に、懸命に、何かを告げている。
 だが全ての言葉は男の反論に封じられたらしく、途切れがちな言葉が沈黙に変わると、しばらくして男に肩を抱かれ、うなだれたままより影の深い場所へと消えて行った。
 ―――歓楽街の、一本外れた裏通りへと。
 唯事とは思えぬ関係の二人について後を追うべきかどうか。
 関係者が知ればスキャンダル程度ですむ話ではない。彼の師もたいがい冒涜的な生活を送っているが、これは全く桁が、というより問題の次元が違う。
 当然の帰結として起こるであろう大騒動を思い浮かべ、やはり危険を(場合によっては命の)冒してでも連れ帰るべきと判断し、彼は立ち上がった。
 しかし、それを最終的に封じたのは、歩き出した瞬間に振り返りこちらを見た男の目線であった。

( 関わるんじゃないよ、少年。 )

 刃にも似た冷酷な金の目が彼を射抜いた時、声ならぬ声が脳裏に響いた。
 
 邪魔するな、と言われたならそれを振り切っただろう。
 けれど、関わるな、と。
 彼のおせっかいを拒否するように、たがために被るであろう彼の不利益をむしろ詫びるように、僅かの懇願すら滲ませて。
 見逃せ、と言われた気がした。
 どうか今はこのまま、と。

 迷いを抱え、闇に沈む我が身を怖れる彼女と違い、男の方は明らかにこの成り行きの結果を受け入れるつもりでいるらしかった。
 諦めとも、自棄とも。どんな言葉を当てはめても微妙に違うその覚悟を以て。
 行き着く先がどうしようもない袋小路の、悪夢の中だったとしても。
 誰にも祝福されず、世界の全てからその成就を拒絶されたとしても。
 どんな結末が待っていようと、それを他人任せにはしないと。
 神にも、悪魔にも、決して関わらせはしないと。
 不可侵の恋を抱き、全てを拒絶して何処か知れぬ場所へと去っていくその背を彼はただ見ていることしかできなかった。