閑 話 休 題
夕べの夢で彼女に会った。
創造者と同調する夢のかたすみで、お互い傍観者のような顔をして。
過去も未来も現実もすべてが曖昧なその空間では存在すらあやふやだけれど、彼が彼女を見るのは常に、創造者の視点を通してだから、多分他の誰より自分は彼女のことをよく知っているのではないかと思う。
彼女が彼の存在を感知していると分かったのは、ずいぶん前で、それを創造者に告げなかったことが彼女の二面性を明らかにしていた。
今や背信の機会を虎視眈々と狙っていることに、おそらくは創造者も気づいているだろう。
綱渡りのような賭をしながら彼女は今も婉然と微笑んでいる。悔しいが度量が違うなと彼は苦笑する。
−あの子がああなるのは到底無理だ−−なってほしくもないが。
目があったような気がする。
珍しいことだったので、彼は声をかけてみることにした。
日が悪かったとも言える。言っておかなければ気が済まないことがあったのだ。
やあ
もうすぐ私の娘がそこにいくよ
私がもっとも大切に大切に育ててきた子だから
きっと君にもわかるだろう
君など足下にも及ばぬことが
彼女は君と替わるんだよ
君はもう邪魔なんだ 必要ないんだ 追い落とされるんだ
富も栄華も名誉も敬意も忠誠も
すべてあの子のものになる
地上の女王の座は
もうあの子のものなんだ
どうせ届いているのかいないのかも分からないのだから彼は最初から返答を期待していない。
ただ短い宣戦布告をやつあたりのように垂れ流して、一方的に思念を閉じた。
だから、目があって笑い返されたときには少し面食らった。
ええどうぞと。
言われた気がして。
————欲しいものは別にあるの?
だとしたらそれはなに?
(でもきっとそれは手に入らないよ)
————あなたこそ。
いつだってあきらめることばかりお上手ね
(でもホントは悪あがきするほうなんでしょう?)
————この世のなにより大切で大切で、
守って慈しんでけれど押しつけがましくならないよう。
————他のなにもあの人の替わりにはならないから、
あの人の目に私は映っていないからどんな形でもいい、
あの人の心の中に居場所が欲しくて。
————心をくだいて細心の注意を払って、
精神も肉体も健全に育っていくのを見るのがなにより
うれしくて、そしていつかこの手を離れていくと知っていても
ただあの子があの子らしく生きてくれればそれで私は満足だから
————意のままにならなくても、虜になんかなってくれなくても、
何一つ与えてくれなくてもないものねだりと知っていても
————離れられない
————しあわせになってほしいんだ
————諸共に堕ちて欲しいのよ
対極のような想いは相手に届かないという一点で同じだった。
————子供の我が儘みたいだね。
————偽善者。
どちらが正しいとか間違っているとかではなく、お互い必然の結果なのだということは彼には分かっていた。
自分と彼女とあの子と彼と。いずれの生き方も未来も違うものだから。
でももし自分と彼女の立場が逆だったとしたら彼女は彼をどんな風に育てただろう?
一二〇〇年前、創造者と出会ったのが自分だったら?
————無意味な仮定よ
冷静な声が思考を中断した。
————そうだね。
————あの人と私はこういう出会い方しかできなかった
私たちはそういう選択しかできなかった。そうでしょう?
————そうだね
————認めるの?
おかしそうに彼女は笑う。
————やっぱり偽善者ね
————どういう意味?
————どんな選択も自分のためにしてきた結果なのだから、
そうやって出会って、惹かれて、 愛したのだからそれはやっぱり自分のためのことなのよ?
————必然をいくら積み重ねても恋になるわけじゃない。
君はまるで意志の力でそうしたように言うけれど−−本来予期せぬアクシデントなんだよ、恋なんて
ああそうか。君と私では運命の捉え方が違うからかな
————もうやめましょう。こんな会話に意味などないわ
————他人の恋の打ちあけ話ほど退屈でやっかいなものはないからね
何をどうここで話し合ったところで、事態が変わるわけもない。
————私たちが何をどうしようと
————結局あの人たちは一人で勝手にしあわせになるのよ
それはとても納得のいく結論だった。
この会話以上に不毛な自分たちの恋。
それが彼女と彼をつなぐ唯一の共犯意識で、だからここは居心地がいいのだと彼は唐突に気づいてしまった。人類の未来? そんなものは人間たちが勝手に造ってくれる。どうせ世界はあの子たちのものだ。
利用される創造者こそいい面の皮だった。
————じゃあ、また。
————ええ、いつかね。
しらじらしい再会の約束をして、彼はそっとつかの間の夢から退出する。現実では出会うはずもない彼と彼女の、閑話休題。