――――でも、なれなかった。なれるわけなかった、男の話。
[遊戯王//盗賊&獏良了]
暖かいもの優しいものきれいなもの。何一つ知らずに、君は逝った。
「つる科の植物ってさ、陽のあたる方あたる方へ伸びていくんだよね」
夏休みの自由課題に彼が選んだのは、微笑ましくも朝顔観察日記。
普通なら小学生で終わらせるようなもんじゃないのかと、どこかずれた級友の笑みに城之内克也はやや面食らった。
「ひまわりとかもだけど、夏の植物ってそういうのが結構多いと思わない?」
「あー・・・そうかもな」
千年輪を外してすっかり本来の優男に戻った獏良了に、以前の凶悪な盗賊の影はちらとも見えない。
それでもこういうずれたことをしでかすあたりは相当浮世離れしていて、どっちにせよ世間一般の枠からははみ出す人間だったのかなと思った。
テロリストにならなければ聖職者になるタイプ。
そんなことを考えてしまって物騒な想像を慌てて打ち消した。
「で、なんだって今更朝顔なんだ?」
高校生にもなって、と不思議に思って尋ねてみればごくあっさりと、
「ああ、僕外国暮らしが長かったから。育ててみたことなかったんだよ植物とか」
花屋のお姉さんに育てやすいのないですかって聞いてみたら、売れ残りだからただでいいよって、くれたんだよね。
にっこりと笑う彼の笑顔に、その場の光景が目に見えるようだと城之内は嘆息した。
花の種ひとつで購えるなら思わぬ目の保養と、なるほどお買い得だったのは花屋の姉さんの方だったろう。
「ふぅん。きれいに咲いたんだな。オレなんかけっこうさぼったから花が咲くまで持たなかったけど」
彼の手元のノートには色とりどりに円形の花を咲かせた見事な朝顔が描き込まれている。手が込んだことに水彩画だ。厚手のスケッチブックを使って一冊丸ごと丁寧に仕上げたものらしい。
こいつ夏休みの間、毎日やってたのかなと思うと感心するより呆れる方が少し勝った。
「うん。結構たいへんだったよ。育てやすいって確かにそうだけど、その分勝手な方向に伸びちゃって。あっちこっちつるが巻き付くし。生命力強い分、こっちの思う通りになってくれないっていうか」
「きれいなのにね。雑草みたいで」
陽のあたる方あたる方へ。
ぱらりとめくったスケッチブックの最後の一枚は、彼の言葉通り伸び放題に伸びたつると思しき緑の線が一面を彩っていた。水彩画にしてはどぎつい緑の、乱雑ともいえる筆運びに、他の絵と異なる思い入れを感じ取って城之内はさらにとまどう。
「花はあっという間に枯れちゃったけど、つるだけはまだ残ってるんだよ」
そう言ってもう一度、彼は笑った。
微笑んだその顔は、聖者でなければ――――。
自宅に戻っていちばんに庭先に出る。
もう9月になったというのに、夏と変わらない気温の日々が続いていて、庭に立てた専用のつる掛け棚にはまだ緑の葉が残っている。
「大丈夫だね。まだ」
もう少し生かしてあげられるよね、とここにはいない誰かに向かってつぶやく。
彼をとまどわせるほど短期間で成長したその生命は、たった一人で放り出されて生きてきた誰かを思い出させた。確かに人は生きていけるものだ。誰が構わなくても、世話などしなくても勝手に。
だが手をかけられなかったその生命は伸び放題に好き勝手伸びて他の植物を侵食し、やがて迷惑がられてまた放逐される。
一人で生きていけるけど、でもそうやって好き勝手して生きて辿り着く先に何があるのかなんて考えもしなかったんだね。誰も教えてくれなかったんだよね。自分で自分を育てるしかなかったから。
育てたものがどんなにいびつでもろくて他人にも自分にも毒にしかならないものか、それを計るものさしなんて君は持っていなくて。
それでも、それしか、君は残せないのだから。
歪んでいると諭されてすんなり諦めてしまえるほど、君は正しくなかったわけじゃないのだから。
「来年も育ててあげるからね」
まるで瘤のように膨らんだ種袋から、黒い種子を取り出す日を、彼は心待ちにしている。
微笑みながら来年も、また陽に向かって伸びる奇怪なつるを彼は見守っている。