14.これも二人のLESSONです すべて二人のLESSONです

「一生かけて探すしかない答えもあるし」
[ちょーシリーズ ユーナーン×パイロープ]

 

「アンタ、子供の頃は何になりたかったの」
 ふと思いついて聞いてみる。
「特に何も」
 というのが素っ気ないというより淡白すぎる答えだった。
「なんで魔法使いになったの」
「なったのではなく、そう生まれついていたんだ。王の息子が王子であるのと同じだよ」
「医者の息子が必ず医者になるってわけじゃないわよ」
「少なくとも魔法は私にとって当たり前のものだったのでね。実を言えば自分が『魔法使い』と呼ばれるようなものだということを王宮に出て初めて知ったよ。それまでは他の人間も同じようにできるのだと思っていた」
「………そうなの?」
「できないものは人ではないと、教わったからね」
「人でなければなに」
「召使い」
「信じらんないわ。召使いは人間じゃないって?」
「………人間とは何かと以前黎宝珠が尋ねたろう。それまでの私の定義づけは簡単だった。自分と同じもの、だよ。自分と同じようなことができて、自分と同じように考える。そういうものが人間だと思っていた」
「………今は?」
「王宮に出ていろいろな存在を知った。そこまで無知ではいられなかったね。さすがに」
「ならいいわ」
 またひとつ、大きく吐息が口から漏れる。まったく同じ人間とは思えないのはこちらも同じだ。まるで異世界の住人と会話をしているようだ。
  
「君にとっては?」
「え?」
「君にとっての人間とはなにかね? パイロープ・プフト」
 相手に会話を続けようという意思があると知ってパイロープは驚いた。
 普段ならばパイロープに意見など求めない男だ。問われたことには答える。分かることなら話す。けれどそれで他人がどう思うか、他人ならばどう考えるかそんなことは一切気にしない。ようするに他者に関心がないのだろうと思っていた。

  
「そうね」

 せっかくなので真面目に考えてみることにする。
 だが、以前宝珠にも話した通り、その点についてパイロープはあまり明確な定義付けはしていない。
 というより、できないものだと思っている。
 第一しても意味があるとは思えない。何かしら定義づけしてしまえば、そこから外れた物は人間ではない、ということになる。そんな否定はできないし、したくない。
「人間とはなにかって、あんまり決めない方がいいような気がするの。……ていうか、それって答えることに意味があるのかしら」
「魔術の上では定義付けができないと不便ではある。だから人の生命に関する魔術は禁呪とされているのだがね」
「その方がいいわ」
 軽く答えたことだったので、まさかここから話題が一変するとは思っていなかった。

  
「君は運命を受け入れるのを是とする人間かい?」

  
「はあ? ナニソレ」

  
 大きく飛んだ話に、パイロープは目の前の男をまじまじと見返す。
 パイロープの視線の先、笑みさえ浮かべて見返す男の顔は少し意地の悪そうな表情だ。
「例えば目の前で、君の愛する者が死のうとしている。魔術ならばそれを助けられるかもしれない。それでも禁呪ならばと諦めるか?」
 瞬間、パイロープの頭をよぎったのは紛れもなく運命を拒否した女のことだった。そのためならば世界が滅んでもかまわないと言い切ったタロットワークの始祖。
「エイネイ・タロットワークは夫と子供のために理を曲げてまで呪法を行った。後の始末を考えれば誉められたことではないのかもしれないがね、それでも魔術を行う者ならば誰もが一度は考えることだよ。求められたことを叶える力があり、なおかつそれを行えないのは何故なのかと」
「…………」
「私としてはエイネイの判断に間違いがあったとは思えない。もし目の前で愛する者が死にゆくとき、それを救う手段があるのならば、私も同じことをする。だからこそ君に問うてみたいのさ。自らに強いた律により自らの可能性を否定する、それも是かと」
 先ほどまでとはまったく違う次元の話だ。
 しかもパイロープがどう答えようと、この男は納得なんかしなさそうに思える。
 これはちょっと荷が重いなぁ、と思いつつパイロープはそれでもなんとか答えを探してみた。
「助けられる命ならば、助けようとするのは当然の行いだと思うわ。それは医術でも魔術でもかわりないと思う。でもね……」
 うまく言葉が見つからない。パイロープ自身、そんな目にあったことがないし、今目の前にエイネイがいたら、同じことを言えるかどうかも自信がなかった。
  
「いったん死んでしまった命を、生きてる人間の身勝手で生き返らせるっていうのはどうかな、と思うのよ」

  
「…………」

  
「だって、死んだのはその人で、あたしじゃないもの」

  
 意外なことに相手は黙って聞いている。それでもうちょっとまとまりがないままに口にしてみることにした。
「死んでいくときにいろんなことを考えると思うの。自分が死んだら目の前の人はこのあとどうなるのかとか、今まで生きてきてどうだったろうかとか、やり残したことはないかとか、あと死んだ後自分はどこにいくんだろうかとか、体が痛いとか、苦しいとか、………やっぱり死にたくないとかそういうことも。でも死ぬしかないんだとしたら覚悟を決めるわ。永遠には生きられなくて、いつかは終わりが来る、それが今なんだとわかったら……あがいてあがいてどうしようもないってはっきりわかったら、あたしは覚悟を決めると思う。どんなふうに生きて、どんなふうに死ぬのか。それはどっちもあたしが決めなくちゃいけないことなんだと思うの」
「目の前に助けられる人間がいたとしても、助けは求めないと?」
「死にたくなかったら、助けてって言うわ。でもその人がそう言わないのなら……すべきじゃないのよ、たぶん」
「言う暇もなく死んだとしたら? 遺言すら残せず、命乞いも出来ずに死ぬとしたら?」
 そこまで言われるとパイロープとしても困る。こんな命題に対する答えが出せるほど人生経験を積んでいるわけでもないし。
「わかんない。……そうね、どうしても生き返らせたいって貴方が思うなら……やってみればいいんじゃないの。エイネイはそうしたのよね。そして幸いと同時に多くの災厄を生んだ。犯した罪の大きさに苦しんだのは死んだ彼女じゃなくって生き返ったリオ・アースとその子供たちよ。どっちがいいのかなんてあたしにはわからないわ。でも代償は払わなくちゃならない。禁呪ってそういうことなんでしょう」
 いちばん多くの代償を払ったのは、パイロープにとって大好きな人たちだった。
 エイネイの身勝手さは彼女の身になってみれば同情にあまりある。それでも。

  
「結局はわからない、か。正解のある問いではないのだな。………安心したよ」
「……安心?」
「つまり当事者になって判断するしかない、ということだろう。私もその時の判断に任せることにする。……正直、あまり直面したくない事態だが」
 最後の一言に、パイロープはこの日いちばんの驚きで目を丸くした。
 これで話は終わり、とばかりに蔵書の片付けに取りかかる相手を凝視して思わず問い直す。
「貴方にもあるの? そういう感情が」
「………あくまで想像のうちだ。人間である以上そういうこともあるだろう、と。その程度だよ」
 横顔にわずかに苦みが指しているような気がするのは気のせいだろうか?
「ふうん、そうなんだ」
 そう言われると、なんだか最近人間くさい面も出てきたような気がするから不思議だ。
 少しずつではあるが彼も変わっていっているのかもしれない。そうだといいなと思うと、パイロープは自然、微笑んでいた。
 そんなパイロープに、さらに苦い顔を見せた男はその一瞬後、
「まあせいぜい長生きしてくれたまえ。君を生き返らせるのは骨が折れそうだ。」
 と言って笑ってみせた。仕返しを思いついた子供のような顔に、パイロープは下手な冗談だと声を上げて笑った。

 

 

コメントする