[新機動戦記ガンダムW//デュオ×ヒルデ]
黒い影が、聳え立つ。
初めてそれと対面した日から死神を名乗った浅はかな自分のことを彼は未だにうまく笑えないでいる。
いつかは、という希望はあるのだろうか。
未来ではなく、彼の心の中には。
なんでも器用にこなす彼の手が、珍しく途中で止まったのに気づいて、彼女はふと顔を上げた。
レンチを片手にジャンクパーツを組み上げていたその視線は、今は空に向けられていた。
つられて見上げれば常になく近い距離でゆるやかに飛ぶ巡航艦が映る。
黙って気配を尖らせた彼の背中をしばらく見つめて声をかけた。
「・・・今日、地球との通商会談があるって」
「ああ」
即答だったところをみると、とうに承知の上だったのだろう。
それでも2門の粒子砲と連装機関砲32弾を備える実戦兵器に無防備に真上を取られて心穏やかなはずがない。
そして彼女が公式なメディアを通じて知る以上の情報についても、おそらく彼は既に頭に入れている。
情報源がどこなのかなどと今更聞くまでもないが、連絡が入ったタイミングについては謎だ。それを彼女に悟らせるようなヘマをする男ではなかった。
彼はただしく、兵士なのだから。
本来ならば過去形で語られるはずの肩書きが未だにしっくりと似合ってしまう、その原因ははっきりしている。
彼の自覚が、足りないのだ。
「もう」戦争は終わったのだ、という世間一般の共通認識について。
コロニーと地球。
遠く隔たれた距離が産んだ互いの不信感から起こった戦争は、多大な犠牲を払って一応の集結を迎えた。
数奇な人生の果てに現在の地球代表となった女性とは、まんざら知らない仲でもなく、彼女が理想を捨てない限り同じ過ちは起きないだろうと彼女は未来を楽観視している。
だが、彼は違う。
はっきりと指摘し、解答を得たわけではないが彼女は確信していた。
彼は未だに疑っている。
ほんとうに終わったのか?
ほんとうに、もう、戦争は起きないか?
しかもなおたちの悪いことに彼の猜疑心は不安や恐怖からくるものではない。
叶うものならばもう一度と、思っているのだ。
消えかけた火を起こす誰かを、望んでいるのだ。
ようやく得た平和に、安堵よりも落胆を抱いて、その罪深さを通り一遍にしか理解しないで。
心のどこかでまた、あれに乗る日を待ち望んでいる。
正しく、彼は兵士だった。
死に損なった古参兵。大義と死を引き換えにして殉じることを望んだ兵士。
生き残るために闘ったなんて嘘だ。
生を望むならあんなものに載るはずがないし、死神などとふざけた名を名乗って命を軽んじるはずがない。自分が死ぬことについては朧げながら覚悟をしていたはずなのだ。
なぜなら彼が始めた戦争だったから。
終わらせるのも、やっぱり彼でなくてはならなかったはずなのに。
戦犯として裁かれることすらなく、あっさりと、彼は安逸の野に放たれた。
身を隠す場所とてない衆人環視の日常。
なるべく戦場に似たガラクタだらけのこんな場所を選んで。
せめても道連れに選んでくれたことを感謝すべきなのだろうか。
ため息をついてそっと、彼を置き去りに工場を出た。
今日という日が信じられない男は、未だに空を見上げている。
病巣は根深く、彼の平和はなお遠い。