21.ポケットの中で 星が騒ぐのでどうしても それが騒ぐので

[ハウルの動く城 カルシファー&ハウル]

 

「あれは絶対魔女だぜ! オイラなんか不思議な力を感じたんだ!」
 捕まえたばかりの星のかけらが、掌の中で主張しました。
「でも悪い魔女には見えなかったよ。とても綺麗な星の色の髪をしていたし」
「髪の色なんかで、いいか悪いかなんてわかるもんか!」
 それはとてももっともな意見です。髪の色で人間のよしあしが分かるなら、ハウルの黒い髪は悪魔と同じと言われてもしようのないところなのですから。
「・・・でも僕はもう悪魔と契約しちゃったから、悪いヤツってことになっちゃうのかな」
 全然そんな自覚はないくせに、ハウルはふと思いついただけの考えを冗談事のようにつぶやいていました。星のかけらはそんなつぶやきは聞こえなかったかのように(あるいは本当に聞いていなかったのかもしれませんが)繰り返し、あれは魔女に違いない、とわめき続けています。
「待っててって言ってたね」
「それはあれだな、首洗って待ってろって意味だぜきっと」
「そんな風には見えなかったよ、だって……」

『きっとあの人は僕の運命の人だよ』
 ハウルの馬鹿げた主張に、カルシファーはその時、なんて甘いことを、と呆れたものでした。
『将来きっと出会う運命の人さ』
 魔力と引き換えに心臓を自分に売り渡したくせに?
 ハウルはあの時気づいていなかったのでしょうが、彼が自分に預けたものは、心臓ひとつ。そして徐々に蝕まれていく人としての心のありようです。喜びにも痛みにも鈍感になっていく彼は、何人の女たちの心を弄んでも悔いることなく、こううそぶくのです。
『だって僕には運命の人がいるからね』
 だから、その人に巡り会うために、いろんな人とつきあわなくちゃ。
 そのくせ幾人の女たちと出会って、仲良くなって、そうして瞬く間に飽きて別れようと。
『あの人は僕の運命の人じゃなかったんだ』
 で、あっけらかんとすませてしまうのです。
( お前のそれは、運命とかじゃない。ただ心がなんにも感じなくなっていってるだけなんだよ )
 そう思っていても、カルシファーにはそれを口にすることはできません。それはそういう契約だからです。
 運命、という言葉を、火の悪魔カルシファーは信じていません。それは悪魔だからではなく、彼がかつて夜空を支配した強い力を持つ恒星のひとつだったからです。幾百年の昔、彼の放った光は、数多の命を生み出し、育み、そして彼の寿命尽きるとき、その命たちは彼の道連れとなって果てていきました。彼らにも彼らの生があり、夢があり、愛があったことでしょう。それらのすべては彼とともにすべて失われたのです。果たしてそれは運命の仕業だったでしょうか? いいえ、違います。それは

 

( オイラのせいだ )

 

 カルシファーはそう、考えています。そして、自分でもどうにもできなかったことだと。
 それを運命のせいだとそんなふうに簡単に言ってしまうことは許されないような気がするのです。 
 どれだけ強い魔力があっても、どれだけ優れた魔法の呪文でも、それですべてが都合よく動いてくれることはありません。どこかで何かが犠牲になっている。そのことにハウルは気づいているでしょうか。

 

 

 

「ああ、疲れた。今日も骨折り損だったなぁ・・・」
 夕日も落ちかかった時刻、派手やかな衣装のハウルがようやく帰ってきました。彼が今夢中になっている娘はどうやら手強いらしく、なかなかハウルに靡かないようです。ここのところ毎日のように繰り返す言葉をただいま代わりに、ハウルはカルシファーの前に立って薪を投げ入れてきました。
「珍しく長引いてるみたいじゃんか」
「うーん、なにせ同業者の弟子だからなぁ・・フェアファックス夫人からなにか吹き込まれてるのかも」
「星の色の髪なのかい?」
 何気なく尋ねたカルシファーに、ハウルはきょとん、とした顔を向けました。
「・・・なんだい、それ」
「・・・忘れてるのかよ!」
 運命の人、なんて言っていたってこんなものです。結局のところただの女好きなのかとカルシファーは呆れるやら腹立たしいやらで、つい天井まで燃え上がって暖炉から落っこちるところでした。
「・・・・・・ああ! あのことか、うん。もちろん覚えてるよ」
「嘘つけ。たった今まで思い出しもしなかったくせに」
「忘れてなんかいないさ。ただ・・・」
 ふと、憂いのある表情が、少しそらした顔に浮かんでいました。
「ただ、なんだよ?」
「あの人と出会えるのは、まだ当分先のことのような気がするんだよ」
「へ――え?」
「だからその時まで、なるべく思い出さないようにしてるんだ」
「なんでだよ、運命の人、なんだろ」
「だからさ」
 窓の外、星の湖が広がる果てを見つめて、ハウルはあの時のことを少しだけ思い出そうとしているようでした。    
 そうして、沈黙の果てに予言のようにつぶやかれた言葉。
   
   
「あの人がきっと、僕と君を殺すんだよ」
  
 静かな口調は、ずっと昔、彼を捕まえてはしゃいでいた少年とは別人のもの。
  
  
「僕と、君の、このこんがらがった呪いを解いて、あるべきものをあるべき場所に還しにくるんだ」
 あるべきものを、あるべき場所へ。
 カルシファーは思わず自分の抱いている彼の心臓を見つめます。
 子供の頃預かったままの心臓は、彼の魔力の源となって、カルシファーの中で燃え続けています。呪いがとければ彼はただの星屑へ。そしてハウルは。
 魔力を失って、心臓は―――。
 ひとたび契約の代償に差し出された心臓が、そのまま持ち主のところに戻っても、それは随分変容したものになっているはず。そんなものを胸に抱いて何事もなく生きていられるかどうか、それはカルシファーにも分からないことです。
   
( オイラのせいだけど、でもどうにもならない )
  
「ハウル・・・」
「それでもね、カルシファー」
 ふいに、強い言葉が、躊躇いがちな彼の呼びかけを遮りました。
「どうしてだろうね。こんなにも会うのが怖い。荒地の魔女よりも、サリマン先生よりも怖いのに」
 ハウルが臆病者なのは、今に始ったことではありません。けれどそれをこんなに素直に認めるのは普段の彼らしくないことです。
「僕は、それでも、あの人に会いたい」
 そして、それ以上に常ならぬことは、抗えない意志のようなものがその瞳に強く輝いていることでした。
   
   
   
   
 あの日。星の草原を跳ねるように駆けながら、運命に出会ったとはしゃぐ彼。
 そのポケットの中でカルシファーは、オイラは運命なんか信じないと、何度も思ったものでした。
   
( だってどうにもできないんだ )
 そんなもの、信じたくないんだ。
 どうにもならないんだ。
 このまま契約が続けばハウルがどうなるのか、カルシファーにはよく分かっています。
 待ち受ける未来図は彼にとってもうれしいものではなく、けれど自分にはどうにもできない。
 どれほど強い魔力があってもそれは叶わぬことなのです。
 でももしも。
 もしもそれを変えられる何かがあるのなら。
   
   
( どうにもならないんだよ )
 いつもいつも言い聞かせてきた言葉の先に、続く言葉は悲鳴のように今も彼の中で燃えています。
 星たちが消えていった夜も。ハウルが心臓をなくした夜も。
   
 だから―――どうか。
 誰か助けて、と。
 祈りのように、燃えているのです。

 

 

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