[魔術士オーフェンはぐれ旅//エド×ロッティーシャ]
消え行く最後の一瞬で、何を考え何を思い何を生かしたかったのか、それを知る術は永遠に失われた。
人間ではなかったと、そう知ったのは結婚した後のことだった。
別にその点については、だからどうだということはない。
愛の前に、貴賤や性別やまして種族的相違など些末なことだというのが彼の主義だったから。
問題なのは彼女の役割と本質だった。
意図せず悪気なく本能ですらない。
対峙したとき、脅えるような、すがるような瞳を向ける彼女は限りなく庇護欲をそそる存在で、幾多の修羅場をくぐりぬけてきた彼ですら足下をすくわれた。
だがそれが彼に限ったことでなく、彼女を連れて聖域を出た義父も、そうだったのだと後になって知った。
真実を聞いたのは彼からだった。
その時の衝撃を、彼は今も忘れない。
最初に語られた時は、相手の淡々とした口調のためか、右に入って左に抜けているような気がした。
だがその中で残ったいくつかの単語が、日を置いてゆっくりと彼の中で旋回しはじめた。
やがてそれらは彼の知るいくつかの別の知識と融合し、完全な理解とともに浸透し、定着した。
愛ではないのだと。
彼が彼女に抱くものも、彼女が彼に与えるものも、そのすべてが愛ゆえではないのだと。
そんな、ハーティアあたりが聞いたら笑い出しそうな薄弱な根拠を支えにしていた自分が、最も愚かしかった。
以前、レティシャに、アンタもう少し愛想ってもんを学びなさいと言われたとき、愛してもいない人間になぜ愛想を持たなくてはならないのかと聞いたらぶん殴られそうになったことがある。
アンタに人を愛するなんて高尚な芸当ができるのかしらね。
いっしょにいたアザリーにはそういって鼻で笑われた。
天魔の魔女と二つ名される女にだけは言われたくないセリフだとその時は思ったものだ。
結婚してしばらくした時、そんな会話を思い出して、オレは愛想がないだろうかと彼女に問うたら、ロッティーシャはそんなことはないわよとそう言ってくれた。
そういえばあの時困ったような顔をしていたが、つまるところそれが愛の不在を表していたのだろうか。
それはただ機能として。
彼女が身を守り、役割を果たすための機能として、備わっている力に過ぎないと。
もしかしたらお互いの間で、無意識のうちにわかっていたのかもしれない。
今となっては、そう思うことも、ある。
ビードゥー・クリューブスターは、死期を悟って彼を婿養子に迎えた。否、迎えさせられた。
その頃から彼は彼女の呪縛から解放されつつあった。
なぜなら彼に課されていた役割を代わりに背負う者が現れたからだ。
キリランシェロが初代の最接近領領主―チャイルドマン―に見込まれた男ならば、彼は超人ロッティーシャに見込まれたのだ。
いずれも第二世界図塔がもたらすものを受け継ぐために。
魔王スウェーデンボリーとなるために。
墓すら残さず消え失せた、彼女に何を与え、何を望めばよかったのか、彼には分からない。
わき上がる全ての感情を疑って、心の片隅までほじくり返して、彼は彼女に自分自身として与えられるものを探した。
挙句行き着いたのは、殺意と殉教と。
ユイス・エルス・イト・エグム・エド・コルゴン・―――スウェーデンボリー。
これまで名乗ってきた名を積み上げて、最後に行き着いた名前。
そしてそれを最後にすることで、彼は彼の証を立てることにした。
他の誰でもない、自分と、彼女に対して。
オレはお前の呪縛に縛られてはいない。その証に、お前を殺そう。
オレはお前の望む通りのモノになれる。その証として、この名を捧げよう。
全てを奪って、全てを与えることは、愛の名にふさわしい。そんな気がしたから。
「結局、何も奪えず、何も与えられなかったがな・・・」
一人残されたかつての彼と彼女の家で、彼は一人つぶやいた。
ここに暮らしていた女のことなど、もう気にする者は誰もいない。
彼を生かした彼女の思惑を知ることは彼にはもうできない。
彼女が彼に与えたもの。彼から奪っていったもの。
今となってようやく手に入れたのはたったひとつの確信だけ。
置き去りにされたのは彼ばかり。
死んでも残った、呪縛ばかり。