或る晴れた日

 中学生活の中で一番大きなイベントって何だろう? 
 体育祭。 
 文化祭。 
 部活に入っている人間なら大きな大会。行けるかどうかは知らないけど。 
 ああ、あと修学旅行もだろうか。 

「ここが?」 
「せや。俺の生まれ故郷」 
 
 修学旅行2日目の、班別研修の昼食時の事だった。 
 ふと佐藤の新しい一面を知った。 
 ああ、道理で関西弁。 
 
 ちなみに約10名程度の班員は、2名以上を前提に時間が来るまで各々で食事中。 
 私と佐藤は、その辺の公園に居た。 
 
 紙パックに刺したストローの端を噛んだ。 
 中身は温くなっている。 
 全国どこにでもある有名なコンビニで買った京都限定だという弁当は、あまり口に合わなかった。 
残した分は佐藤が食べると言い張るけれど。 
 
「・・・水野は?」 
「ん?」 
「知ってるの、あんたの生まれが京都だって」 
「どうやろうな?」 
 
 へらりと笑って誤魔化す顔が、やけにイラついた。 
 軽く地面を蹴る。 

 修学旅行と言うからに、メインは学び取るって事に違いない。 
 昨日は神社仏閣めぐり。 
 明日も確かそう。 
 散々見た同じ様なつくりの建物の名前なんて、どれがどれだか覚えてやしない。 
 明日もそうだと思うとうんざりする。 
 
 食欲があまりなかったので、弁当のフタを閉じた。 
 溜息が自然と漏れる。 
 
「お嬢、もう終わりなん?」 
「・・・食欲が無いんですの」 
「さよか」 

 ほぼ背中合わせの状態。 
 佐藤は何を言うわけでもなく、ただ弁当を自分の中に片付けていた。 
 
 暇だ。 
 
「・・・有希の所にでも行こうかしら」 
「何で?」 
「暇ですもの」 
「たつぼんと小島ちゃんの甘ーい時間を邪魔してどないするん」 
「・・・・・・・」 
「居た堪れんのは自分やろ」 
 
 何にも言わずに、渋々またベンチに腰を下ろした。 
 反論のしようがなくて。 
 元々水野や有希の居る場所なんて知らない。 
 知らされてないし。 

「なあ、お嬢」 
「何?」 
 
 振り向くと、佐藤は少し離れた建物を指差した。 
 木造の、外観からして料理屋だろうか。 
 
「あれな、おかんが働いとるんや」 
「・・・え?」 
 
 佐藤はいつも通り笑ってて。 
 でも、なんとなく作り笑いの様な気がして唇を噛み締めた。 
 
「・・・辛いの?」 
「何が?」 
「・・・別に」 
 
 はぐらかそうとしてる。 
 分かった時点で、それ以上踏み込むのを諦めた。 
 多分無駄だろうと分かるから。 

「行こか?」 

 立ち上がった佐藤を見上げて、何がと問うた。 
 逆光が金髪に当たって眩しいので、目を細めながら。 
 
「会いに行かへん?折角やし」 
「何が折角ですの」 
 
「な、行こう?」 

 何となく。 
 何となくだけれど、佐藤の言う意味は分かった。 
 でもそれを言うのが嫌で、わざと口を噤んだ。 
 恥ずかしくて、隠すのが精一杯で。 
 
 差し伸べられた手をじっと見つめたまま、私は硬直していた。 
 
 その手をとりたいような、とりたくないような。 
 繋ぎとめているのは意地だけ。 
 しかもその意地が、妙に発達しているから困る。 

「・・・休憩時間」 
「ん?」 
「終わるんじゃないんですの」 
 
 手元の腕時計を見れば、あと30分もある。 
 佐藤は気付いていないのをいい事に、あえて言わない。 
 つくづく自分は意地が悪いと思った。 
 
「なら、終わるまでに帰ればええやん」 
「そ、そんなの」 
 
 理由になっていないと続けようとした瞬間、自分の体が揺れた。 
 手を引かれているのだと、一瞬理解できなかった。 

「行くで」 

 ズルい、と思った。 
 私の意志なんてほとんど関係していない。 
 抗議の声をあげる暇も無く、気付いたら走っていた。 
 
 ベンチの上に置き去りにした紙パックをどうしよう。 
 そんな事を考えてしまう辺り、何だか余裕だなと思う。 
 そんな暇無いんだろうに。 

 この隣に居る人がどんな過去を持っていたのかなんて知りもしない。 
 知る事すら叶わない。 
 どれだけ笑いかけてくれても、私はあんたの過去を知るには役不足なの? 
 
 自嘲気味に、苦笑した。 

「・・・ねえ、佐藤」 
「何や?」 
 
「・・・何でもありませんわ」 
 
 
 握る手が、ひどく優しく甘く、大きくて。 
 5月にしては暑い日だったと思う。