いずれにせよ、偽りの神のためのお祭りなのだ。
復活祭も聖霊降臨祭も新年の祝日も。
そんなわけで世は浮かれ騒ぐ12月の終わり頃、ノア一族は特になんのお祝いもせず静かにいつも通りの日を過ごす…ことになっている。
もちろん隠れ蓑として表の世界にそれなりの地位を持つシェリルや千年公については内心の思惑はともかくも、社交上のマナーとして便宜上のお祝いに参加したり、同じく一応表の身分として「女学生」であるロードもこの時期特に盛んになる学校行事に参加しないわけにはいかない。
「まあつきあいだから仕方アリマセンヨ」と千年公はのたまうが、それならなんでいそいそ使用人たちといっしょになってクリスマスツリーの飾りつけに精を出しているのか、そのへんを深く問い詰めたいと、祝おうにも金がない貧乏労務者のティキ・ミックは思う。
もちろん彼にも彼なりの身分はしつらえられているから、それなりのお誘いはあるにせよ、ヨーロッパにおけるクリスマスとは基本、家族で静かに過ごすもの、つまり普段の日々はそれぞれの社交や仕事に忙しく、まともに顔をあわせることの少ない貴族たちにとって数少ない家族サービスの機会である。従ってほとんどの貴族たちは家に籠り、余人を交えず家族との交流を図るのが普通だ。
よって花の「独身」貴族ティキ・ミック卿はクリスマスをひとりぼっちで過ごす羽目になる。
シェリルなどは遠慮せずうちにおいでと言うが、あの兄の偏った愛情と、その偽りの妻を交えての家族ごっこを演じるしんどさを考えるとどうにも気が向かない。
確かにノアの一族は彼にとって真なる家族と呼ぶにふさわしいものだが、その真の家族と偽りのお祝いごっこをやるというのはどうにも不自然ではないかという気がするのだ。
そういうのはむしろ、人間・ティキ・ミックの家族とするべきだろう。
そして人間としての彼の家族といえば、いっしょに旅していた仲間ということになる。厳密に言えば血のつながりがあるわけではないが彼にとっては実の家族以上に長くいっしょにいる者たちだ。
だが残念なことに彼らには金がない。
ことにこの時期はクリスマス休暇の最中、従って日雇いの仕事もなく、運が悪ければ泊まる宿もなく、そうなるとおぞましいことに教会がボランティアとして開いている救貧院で一夜の宿と食事なんてことになりかねない。
何が悲しくて偽りの神の祭日に偽りの神の慈悲にすがって過ごさねばならないのか。
というわけで12月も終わりのこの時期、真なる神の信徒ティキ・ミックは、世間大半の人々が楽しく幸せに過ごしているはずの日々を鬱々として過ごしていた。
実のところ彼、本気で偽りの神の祭りを憎んでいるわけではない。
むしろ逆だ。楽しいことが大好きな彼の性分として考えるならば喜んで率先して浮かれ騒いでおいしいごちそうを食べてたらふく酒を飲んで酔っぱらって笑って踊って過ごしたいのだ。
なのにそれができないなんてあんまりだ。
ああ真なる神がちゃんと自分たちの祝祭日を決めてくれてさえしたら。
そうしたらその日を心置きなく楽しんで費やしただろうに、彼らの神はそういった点についてあまりにも手落ちが多く、祝祭日はおろか聖典も儀式儀礼のとっかかりになるようないわくや謂れも残してくれなかった。
世間のやつらはあんなに楽しそうに浮かれ騒いでいるというのにちくしょう。
余人が楽しそうにしていればいるほど、自身がそうでないときの気分は隠隠滅滅としてくるものだ。
自分も何か楽しめる口実はないものだろうかと彼はしばし考えあぐねる。
この際あの偽りの神が主になっていることでさえなければ口実はなんでもいい。
カルナヴァルとかファリャとかマルディグラとか、ああいう古い祭りに端を発するようなものとかならまだ許されるはずだ。
あとは誰かの誕生日とか。
取り替えられる寸前のカレンダーを前に顔をしかめて考え込む主人を忠実な従僕は心配そうに見守っていた。
実は彼も明日から休暇をとり郷里の母の元に戻る予定になっており、独り身の主人を残していくことにわずかながらの罪悪感を感じていたものだから。
「っつーわけで祝いに来てやったのよ」
と当たり前のような顔で自身の私室に現れたティキ・ミックを前に、ミランダは「はあ」と間抜けな声を出すことしかできなかった。
「お前もこんな日に生まれちまって、他の祝い事なんかといっしょくたにされてついでみたいに祝われんのがオチだろ? その点俺はさ、ちゃあんとお前の誕生日だけを祝いに来てやってるわけなんだから」
上等の紳士服に身を包んだ見かけだけは上等の男がどっかりと床の上にあぐらを組んで、まあ飲めやとワイングラスを勧めてくる。
実はさっきまで彼の言うとおり、新年のカウントダウンパーティと自身の誕生日をいっしょくたに祝ってもらったばかりだ。
ためにたっぷりとアルコールを摂取しており、彼女のもともとトラブルに弱い頭からは、さらになけなしの判断力も転がり落ちてしまっていた。
勧められるままに自身も床に腰を下ろし、彼が持ち込んだバスケットの中身から取り出されるごちそう(実はお酒はともかくひっきりなしにおめでとうを言いに来てくれる仲間たちの相手をしていたものだからごはんはちゃんと食べられていなかった)をなんの疑問も持たずに口にしながら、「ティキさんは新年はお祝いしないんですか?」と聞き返した。
「なんかさぁ…俺らの神様ってあんまりそういうこと決めてないみたいなんだよねぇ…」
「まあそれはつまらないですね。じゃあクリスマスもイースターもごちそう食べられないですねぇ」
「そうなのよ。やっぱちっとは飲んで騒いでするようなお楽しみがないとなぁ…」
更けゆく深夜、新年の鐘が響き終わった後の人々は、旧年の憂いを払って存分に騒ぎ終わった満足の元、静かな眠りに落ちている。
そんな中、お互いの神様の目を逃れてささやかなお祝いの宴を囲む男女が二人。
「またひとつ年とっちゃったんですよねぇ。実のところこの年になっちゃうとあんまり誕生日ってうれしくないんですよねぇ」
「贅沢いっちゃいかんだろ。俺なんか誕生日がいつなのかもはっきりせんのだぜ」
「そうでしたね。ごめんなさい。お祝いしてくれる人がいてくれるってことだけは喜ばないといけませんよね」
「そうそう。…いけね、言い忘れてた。誕生日おめでとうな、ミランダ」
その言葉にミランダはほんのり笑う。私はこの人が悪い人だと知っていて、この人も別のところで会ったならきっと今言ったこととは反対のことを私にするのだろうけど。
それでも今日のこの日に私のためだけに言ってくれたこの言葉と笑顔だけは、ちゃんと覚えておこうと。
あけましておめでとうございます。新年一番のTMですね。
そう、クリスマスといえば、本場では祈りと家族の日。日本に置けるお正月に近い感じでしょうか。でもあれこれあって、ティキには恋人の日になりましたようで。
お祭り体質の男にそうしてやる機会を与えないというのは、まことの神も手落ちです。せめてノアの船出港の日とか、上陸の日とか、決めてお祝いしてみたらいいのにとかちょっと思ってみたり。
キリストにまつわる尽くの祝祭日も、関係ないことでしょうし・・・正直あの救世主の位置づけは、彼らの間ではどんなもんなのかしら。なんとなく、ノアと教団の争いというのは、旧約VS新約の構造にも見えてきますから、反感はちょっとあるのかしら。
まあ、今いる人類が全部、多少劣化してても彼らの子孫ということなら、付き合い程度に祝ってみてもかまわない気もしますが・・・それともこんな瑣末事、世界を心機一転させてから改めて作成するということなのか。
なんのかんの言っても、ティキに関してだけは、ミランダさんもともども、二人でご飯食べて、ほろ酔い心地で幸せそうで、これも一つの聖夜の過ごし方ですね。
ところでごちそうは、やはりキャメロット屋敷の会場からドギーバッグに入れて持ってきたんでしょうか?(笑)
本年もどうぞよろしく。
ではでは。
こんにちは、あけましておめでとうございます、たぬき様。
新年しょっぱなのTM、お気に召していただけましたでしょうか。
西洋世界の年末を想像するに、12月25日~1月1日にかけてはもう巣篭もりモードなのかなと思います。
25日が家族で過ごす日、31日→1日の深夜にカウントダウンでぱーっと大騒ぎ、という日本とは逆の捕らえ方のようで。
ミランダさんは多分お祭り騒ぎが終わった後のやれやれといった時間にぽろりと生まれてきたような感があります。つまり1年の始まりの日というより、それにちょっと遅れてきちゃったような感じ。その方が彼女らしいような気がするのです。
けれどノアのティキにとってはクリスマスもお正月もあいつらが勝手に決めたことだしと気にせずミランダさんの誕生日だけ祝ってくれるかな、と。
>せめてノアの船出港の日とか、上陸の日とか
ノアはノアとしての歴史があるのですから別の暦くらい持っててよさそうなものです。旧約vs新約ならユダヤ教の祭礼儀式が通用するでしょうか。ざっと調べてみたところ、春の過越し祭(ペサハ)、夏の七週の祭り(シャブオット)、秋の仮庵の祭り(スコット)、新年と贖罪日(ヨム・キプール)等々…。宗教的&伝統的にいろいろとお祭りは多いようです。ティキにとっては喜ばしいことでしょうね。
>キャメロット屋敷の会場からドギーバッグに入れて
いいですね(笑) 兄弟の目を盗んで庶民らしくせっせと詰め込んできたに違いありません。同じ下層の出身としてもれなくワイズリーが片棒担いでたかも。
どんなに着飾ったとて所詮庶民は庶民ですから(笑)
そして私もやっぱり庶民、新年は完全寝正月でした。
ぐうたらするのがすきなのはティキに劣りません。
こんなダメ人間の私ですが、何卒今年も宜しくお願いします。