眠れないことは得意なミランダだったが、それでも眠れない夜はやっぱり怖く、闇に怯えてよく泣いた。
嘆きつかれて酔いも醒めれば、真からの闇の中、ひとりぼっちで取り残された自分に気づく。
そうしてまたひとり、孤独に震えて泣きだしたくなる。
だからそんなとき、当たり前だがミランダは明かりを探す。
テーブルの上に弱く光るランプ、窓の外、風に揺れる街灯の灯り、そんなものに縋って自分を宥めて。
闇を怖れるミランダはけれど夜明けの訪れを早くと願うことはない。
夜が明ければまたつらい、失敗してばかりの一日が始まる。嘆くことがまたひとつ増える。駄目な自分がいっそう嫌いになる。
夜明けは来てほしくない。けれど闇は怖い。
後ろ向きに生きていた頃のミランダは、だから闇の中にかそけく光る灯りにだけ、救いを見いだしていた。
手元に光る分だけ、それ以上はけして明るみにしないランプの光を。
時折、夜、ふと気づくと彼がひとりで起きていることがあった。
彼が訪れた夜はミランダは泣く間もなくその腕に抱かれて気を失うように眠りにつくからそんな風に彼が起きていることを知るのは稀なことだった。
けれどそんな時の彼はなんだかミランダには近寄りがたくて、寝台の上から見つめているだけのことが多かったから、ミランダが気づいていたことを彼は知らなかったろう。
ミランダを残し、一人テーブルの上に足を投げ出して煙草をくゆらせる。
普段はよく笑い、よく喋る、騒々しいほどに気安い人なのに、そうやって静かに煙草を吸っているだけの彼は別人のように冷たく、声もかけづらい雰囲気をまとわりつかせていた。
テーブルの上、古びたランプが部屋の中を淡く照らしている。どこから迷い込んだのか黒い二枚羽がその周囲にふらふらと漂い、影絵のように揺れていた。蛾だろうか。それにしては大きいような気もするが、灯りに誘われてくるのならやはり蛾なのだろう。
そう思ってミランダはそのはばたきを目にする。
やがてその羽はゆっくりとランプの元を離れ、もうひとつの灯りに引き寄せられたように止まった。
あ、とミランダは叫びそうになる。
燃えてしまう、と。
小さくとも危険すぎる赤い光は彼の煙草の先、そんなところに止まったら、小さな羽などひとたまりもない。
案の定、黒い羽はあっという間にバラバラに崩れ落ち、テーブルの上に黒い染みとなって消えた―――ように見えた。
彼は微動だにしない。ゆったりと椅子の背にもたれ、ただ白い煙を吐き続ける。
黙って見つめていると、しばらくしてポケットに入れた手を伸ばしテーブルの上に軽くかざす仕草を見せた。
何をしているのだろうと疑問を感じる間もなく、テーブルの上から黒い影が浮き上がり、その手のひらに吸い込まれていった。
その手がまたポケットに戻されるを見て、ミランダは思う。
ああ、夢を見ているのだと。
だが果たしてどこからがそうなのかは分からないままに。
今はもう、それが何を意味していたのかミランダは知っている。
あのとき見た彼の近寄りがたさが彼の本質であったことも知っている。
だがそれでもミランダはそれに引き寄せられずにはいられない。闇を怖れ、夜明けを拒んだあの頃のように。
白日の下すべてをさらけ出す陽の光よりも、煌々と大聖堂に灯されたまばゆい灯籠たちよりもなお、夜の中、かそけく弱々しく光っていた、あの古ぼけたちっぽけな誘蛾灯の灯りを。
己の弱さも罪深さもなにもかもを隠す闇の中、その中に飲み込まれそうな自分をそっと照らしていた、あの懐かしい部屋の小さな灯りを。
やがてその灯りにさえ、焼き尽くされるだろう己の罪深さを思いながら。
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夜は恐いけれど、朝が来るのも嫌。この延長線上に時間を止めてしまう展開が来るかと思うと、ミランダさんの寂しさとか侘しさ孤独感とか、そんなものがよく伝わってきます。来る日も来る日も置いていかれて、ひとりぼっちは辛いと。
太陽の光に取りこぼされた身の上として、小さな灯火、手を温めるほどのぬくもりに心を寄せる。それをティキに感じている間は、少しは寂しさから抜け出せていたかな、そうだといいけれどという思いを抱きます。
ノア化しているティキの後ろ姿も、なんとなく白昼夢みたいで、剥き出しに恐ろしい感じはしませんね。影絵のような・・・どっちの人格が影なんだか分かりませんが。
ぼんやりと、この先またティキに再開するのかなという余韻を感じました。あまり幸せな再開となりそうにないのが、気がかりですが。
ではでは。
こんにちは、たぬき様
こちらこそいつも丁寧なご感想をいただきましてありがとうございます。
ひとりぼっちでいた頃のミランダさん、日の光よりも夜の方が心地よい、けれど暗闇に取り残されるのは怖いと、そんなときにすぐ手元にあったささやかな光に幸福を感じていた…そんな彼女を考えて書いてみました。
ただそんなささやかな幸福も、第三者視点で見ると光に誘われてその熱の中に飛び込んでしまう誘蛾灯を思わせさえするのです。
この場合もちろんティキがその誘蛾灯。
彼として蛾を引き寄せるのは無意識なので罪悪感などカケラも無く。
そうですね、いずれ幸福な再会ではないでしょうが、何が幸福かはその人次第、ミランダさんにとっては灯に誘われて身を焼かれるのも覚悟の上、かなと思ってみたりします。
できれば幸せになってほしいのですけども、SQ読んでるとますますティキのノア化が進んでいく予感がするので…。
ロードちゃんもコミックの裏で言うてますが、2つの人格のままの彼が最大の魅力。ぜひとも人間としての部分ではミランダさんを大事にして…いやさせてみせます(笑)