a weak point of view

たとえば彼にも欠点は、ある。

世間様ではどれほど有能で敏腕でカリスマティックな切れ者社長と謳われようとも、世界の名だたる経済誌で若手No.1の青年実業家と注目を浴びようとも、社内の女性社員達の間で密かにファンクラブが結成され、その会員数が全世界の海馬グループ傘下各社合わせればヨーロッパの小国並の人数に匹敵しようとも、彼のクラスメートである城之内克也あたりに頼めば、その若々しい体力と豊かな肺活量を駆使して、海馬瀬人という男が「いかに悪辣で傲慢で人非人な冷血野郎」であるかについて、東京都知事選挙出馬もかくやの大演説をぶってくれたに違いない。

そしてその城之内版「真人間の主張」をたとえ特等最前列で傍聴させられたとしても、当の本人はその見えるか見えないかの眉を一筋も動かさずに、「フン」と鼻先でせせら笑って終わりにしただろう。

彼に欠点は多くあったが、あったとしてもそれを気にする彼ではなかった。
余人に自身の評価点をつけさせる気ははなから無い。まさしく天上天下唯我独尊、我が人生に誤り無し、凡人はオレの後を這いつくばってついてくるがいいがモットーの彼である。

しかしながらその彼にしても、我慢のならない一言というものはあった。

「敗者」というのもその一つではあったが、それはそれで事実であればしょうがないし、一度の敗北は二度の再戦で取りかえせばよいだけの話だ。
強敵は強敵として認めるにやぶさかではない。
彼にとって我慢のならない形容詞。
それは「吝嗇」の一言に尽きた。

「バカ」と「ケチ」は悪口低レベル戦の2大巨頭だが、前者は鼻先で笑い過ごせても、後者は無視できないのが海馬瀬人という人間だった。
もちろん経営者である以上無駄な出費をしたりはしないが、さりとてことさらに金を惜しむような真似をした覚えは無い。着るものも食べるものもいつだって最高の物を用意させているし、それを自分だけの特権にしたりもしていない。バトルシップの中でも自分だけ特別扱いの部屋を用意させたりはしなかったし、料理も他の参加者と同じものを食してきた。
必要なものに金を惜しんで二流品で満足したりしない。いいものに金がかかるのは当たり前、成果を求めるならばそれに見合う投資は必要だ。経営者として、そして誇り高き真の決闘者として、オレははした金を惜しんで卑しい勝利を得るような真似はしない!
そう高らかに心中宣言する彼だったが、勝利は金で買えるのかという点はさしおいても、その「はした金」と「必要」のラインがどのあたりに引かれているのかは、誰もが首をかしげるところであった。


「―――で、なんなのあれ」
久々の童実野町海馬ランド主催M&W大会。
開催5回を数え、二か月に1回の定期になったこの大会も、既にこんな小さな町で開催するのも無理が出てきた感がある。
M&W創始者ペガサス・J・クロフォード自らが協賛し、派手に宣伝してくれたこともあって世界中から参加者が集ってきているし、なんでも前回の参加申込数はビッグサイトで年に2回やっている某イベントを超えたとか超えないとか。
しかも主催者がアメリカ帰りでいろんな意味でよりパワーアップしたのか、会場のセッティングもやたら派手になっていた。

てゆか。
「これって、アルカトラズの最終ステージのリアル版よね・・・」
古代ローマの円形闘技場を模した大会ステージは内装といい、収容人数といい、こんなもんを建てる金とヒマと土地がこの大不況日本の、しかも東京都内のどこにあったんだと言いたくなる規模である。
そしてその中でもとりわけ一目を引く、おそらくはVIP専用と思われる一般観客席4段分ぶち抜きの天蓋付き特別観覧席。
闘技場が上から一望できるようせり出したバルコニー式のその観覧席(席と言うよりすでに部屋)は、客席としてはたった3人分なのだが、やたらバカでかくてクッションのきいていそうなソファがその「1席分」でその横にはサイドテーブルと細部を観察するための望遠鏡がついている。
そして、その真ん中に、ちょこんと座っているのは・・・・

「なんで静香ちゃんがあんなとこに座ってるの?」
普通の観客席よりはちょっとはマシ、なS席で、真崎杏子が釈然としない表情でつぶやいた。冒頭の「なんなのあれ」の「アレ」とはもちろん、そのいやみなくらい巨大な真向かいの特別観覧席についてである。
杏子のもっともな疑問に、招待客としてSS席チケットを入手した本人である武藤遊戯が答えた。
「前回、真夏にやったとき、静香ちゃんが日射病で倒れちゃって・・・」
それをたまたま見かけたモクバが大会実行責任者の権限で、救護室代わりに自らの特等席を使わせてやって、それが海馬瀬人の耳に入って・・・・・。

「それで、今回は最初から、倒れたりしないようにあんなとこに座らせてるって?」

呆れたように杏子がつぶやく。
「それなら日傘貸すなり、日陰の席用意するなりすればいいだけの話じゃない。いくら顔見知りだからってそんなことで便宜はかるような性格? だいいち、知り合いっていうならあたしたちとのこの差はなんなのよ」
季節は10月。既に日差しがどうこういう時期でもない。行動派の杏子にとって野外の席が決して不満なわけではなかったが(まして一応SS席だし)、それでも真向かいでこうも差を見せつけられれば向かっ腹の一つや二つは立つだろう。

「おまけに、トロビカルジュースにスウィーツ付き? いったいそこまでする必要がどこにあんの?」

じと目でやや離れた場所に、いつもの立ちポーズを決めている(なぜすぐそばに主催者席が用意されているのにわざわざ立ち見なのかなどと考えてはいけない。考えるだけむなしい)海馬瀬人を睨んでやったが、そもそも強敵以外はアウトオブ眼中の彼は、杏子の嫌みの全てを馬耳東風と聞き流している。

「全くだぜ! ひとんちの妹を誘拐同然にさらっていきやがって」

大事な妹と引き離されて、こちらは一般参加者として出場中の城之内が大声を上げた。

「やい海馬! てめえ主催者のくせにそんな依怙贔屓していいのかよ!」

そりゃあ彼にしても大事な妹が特別扱いされるのがうれしくないわけではない。
うれしくないわけではないが、それが海馬の差し金だという一点が気に食わない。
兄としてはなかなか複雑な心境で、ケンカ腰にでるわけにもいかず、大会開始から彼のフラストレーションはたまりまくっていた。

「喧しい。貴様の派手な負け戦をよく見られるように、わざわざ眺めのいい席を用意してやったのだ。少しは感謝しろ、この凡骨」

視線を真正面に固定させたまま、海馬瀬人様がのたまった。
のたまったが、その調子に今ひとつ力が無いような気がする、とこの場で唯一冷静な(というかどうでもいい)武藤遊戯(表)は思った。
だいいち、あんな席を「わざわざ作った」あたりの言い訳がいかにも苦しい。
彼がエラソーなのはいつものことだが、今回はなんだか意地でもこちらを、特に城之内を、「視界にいれたくない」という態度がありありと見て取れるのだ。

「んだと――――!!! てめえの方こそ負けて吠え面かくんじゃねぇぞ!!」
火に油を注がれた城之内がとたんにボルテージをあげる。だが、海馬はやはり動じない。
「残念ながら、今回オレは不参加だ」
残念だとは少しも思っていない調子で彼は答えた。
それはそうだろう。
今回彼が不参加なのは、主催者だからというのもあるが、それ以前に実力差がありすぎる、と役員一同に止められたのが最大の理由だ。彼自身の判断ももちろん、手応えの無い相手と闘ってもつまらん、と一刀両断だった。ちなみに同じ理由で「決闘王」武藤遊戯も一般参加はしていない。彼はスペシャルゲストであると同時に、今回の大会の目玉商品でもあった。
なんとなれば今回の優勝者には優勝賞金1000万の他に、海馬コーポレーションのゲームモニター権5年分と、「決闘王」とのラストバトルができるという特典がついてくる。いわゆる「チャンピオン挑戦権獲得戦」も兼ねているわけだ。

「――――なのに、遊戯より静香ちゃんの方が扱いが大事って、なんなわけ?」
やはり釈然としない表情で杏子がつぶやいた。

「そうだそうだ!! 仮にも遊戯は決闘王様々だぞ! もうちょっといい席用意しやがれ」
本音のところは、オレも静香のところに行かせろ、な城之内が杏子に同意する。

その傍らで、引き合いに出された決闘王こと武藤遊戯は、
(  いや別に、僕は全然いいんだけどね。 )
(  てゆーか、決闘王なんて称号、今回招待状が来るまで忘れてたし。 )
などと海馬が聞いたら憤死しそうなことを考えていた。
なにしろその称号を獲得したのはほんとのところ彼自身ではなく、夕べ徹夜でFF XIをクリアして今は彼の精神の片隅で爆睡中、出番が来たら起こしてくれの相棒なのだからして。

「フン。無駄に体力が有り余っているスポ根決闘者が贅沢を言うな。だいたい貴様の妹が、勝手に倒れられたらかなわんから便宜を図ってやったのだ。感謝されこそすれ、凡骨に噛み付かれる筋合いは無いわ。わかったらとっとと負けて妹を連れて帰れ。二人してオレの視界を汚すな」

だったら。
そもそもあんな見晴しのいい席に呼ばなきゃいーじゃん。
と、その場に居る全員が思った。
しかも真正面の立ち位置で、遠目にも分かる派手なコートを着て、言ってることとやってることが矛盾しまくってるったらありゃしない。

「うるせえ! お前のためにやってるわけじゃねぇ! 誰が負けるか! 優勝して遊戯と闘うのはオレだ!!」
それでも、煽られれば噛み付かずにいられない城之内。
いつもながら海馬のイヤミは城之内にはよく効くなあ、と親友である本田ヒロト(意外とクール派)は思った。

( ――――だいたいコイツ、自分より強くて、しかも性格悪いヤツにしか闘争心向かないんだよな )

海馬瀬人という男は、ただでさえこの歳で異常なくらい悪役笑いが似合う男だし。

( ――――それにしても。)
きゃんきゃんと噛み付く城之内と、全く意に介していないふりをして確実に彼を煽り立てている海馬をもう一度見遣って、本田はふと、あることに気付いた。
( 海馬がことさら城之内を煽るようになったのってそういえばバトルシップ以降のような気がするなぁ )

そうしてもう一度海馬をよく観察すれば、彼の視線は真正面に向いているようで微妙に外れている。
いや、外そうとしている。
下方の闘技場、その決闘を観戦しているはずの視線が、時折ちらりとはね上がる。
そのくせ、それを否定するように、ものすごいスピードでまた視線は下方に戻るのだ。
そんなことを何回も繰り返して。
まるで見たくもないのに見てしまう、とでもいうような。
見たいけど、見るのが怖い、とでもいうような。

「どうしたの? 本田」
本田の様子に気ついた杏子が声をかける。
そして彼女も海馬の異常に気付いた。
しばらく二人して、観察する。

「――――見てるわね」
何を、とは言うまでもなかった。真正面の特等席に居心地悪げに座った静香の姿。
「――――ねえ、まさか」
「まさか、、、だな」
あはは、と二人の乾いた笑いが響いた。
まさかあの海馬瀬人が、ねぇ。
そう思って二人して打ち消した。
そのまさかが、真実、まさかだと気付いている人間は、当の本人も含めてこの場にはまだ誰もいなかった。
てゆーか。
気付きたくないし。できれば。

あんなはた迷惑な男の恋愛模様になど関わりたくはない、と杏子は思い。
城之内の精神的安定のためにもうやむやにしてしまいたい、と友情に厚いんだか薄いんだか分からないことを本田は考え。
そのそばで、こいつはおもしろいことになってきたなぁ、と。
目覚めたばかりの遊戯(闇)は、交代した相棒と相づちを打ち合っていた。

ちなみに、唯一その理由に気付いてない城之内は結局、生来の詰めの甘さがたたってベスト4で敗退し、ことさらに不機嫌になった海馬のやつあたりをくらった。

What happened to him?