空を見上げてその青さに目を細める。
夏休みも終わりかけたその日、彼女は少し髪を切った。
別に失恋とかそんなんじゃないけど。
なんとなく、そんな気分で。
去っていく季節にさようならを告げるように。
寒くなったノースリーブの上着をしまうように。
避暑地の写真をアルバムに貼付けるように。
そうやってきちんと整理して手の届かないところに仕舞いこんで、また来年。
でも来年になれば来年で新しい服を買うし、新しい場所に行くし、結局ふりかえることなんてそうないんだろうなと思う。
そんな風に。
恋も終わればいいのにと思ったから。
髪を、切った。誕生日。
ほんの少しだけ。
いちねんめのそのひ
「麻衣子さんは今年はどちらに?」
お上品な言葉遣いが当たり前の学友達に曖昧な笑いを返して、彼女は頬杖をついた。
今年はどこへも。
そう言って誤魔化すことは容易い。
一人でサッカーの試合ばかり見に行ってお嬢様らしからぬ夏を過ごしたなんてこと、プライドにかけて言えるわけがない。————認めたくもない。
振り返りもしない背中ばかり見てましたなんてそんな夏、最低だ。
切りそろえたばかりの髪が重く感じられた。
いっそもっと派手に切り落としてしまえばよかった。
———あの娘、みたいに。
でも再会した彼女の髪は、全てをふっきってやり直した時間を取り戻すように、切り落とした二年前よりものびていたのだった。成長した彼女自身を思い知らせるように。
そして彼女の髪はといえば、2年前と同じ長さを保って変わらない。
なにも変わらない。
のびた彼女の髪と。
何も変えられなかった自分を思って、またあの時の気持ちを思い出している。くやしい。
———そして寂しい。
みんな変わっていく。取り残されたように私だけが。
私だけがなにも変わっていないようで。
高くなった空は遠く、流れていく雲が影を落として去っていく。
もう二度と帰らない空。
帰ってこないあの時間。
重いため息をついて視線を落とした。
帰れない自分。変われない自分。一年もたったのに。
「麻衣子さん、お手紙がきてますよ」
そう言って渡された葉書は、どこか異国の海辺の街の風景が印刷されていた。
一目で日本ではないと分かる空と海の青さ。
『元気かー? お嬢。』
青の上に書かれた白い字にのけぞった。
なんで。
『今、オレは遠征合宿中でイタリアです。こっちはこっちで暑いわー。メシはうまいけどな。』
だから、いったい何。
謂れのない手紙をもらう覚えなどなかった。というかなんで、住所。
『ホンマは、東京寄りたかったんやけど、関西空港から直接飛んでしもたから寄れんかった。ごめんな』
謝られる筋合いなど欠片もない。なにを当たり前のように寄りたかったとか言ってるのだろう。
ひょっとしていつも試合に行っていることを知られているのだろうか。いやそれはない。絶対ないと断言できる。だって一度も。
ふりかえってなんかくれなかったもの。
握りつぶしたくなった衝動を押さえて、続きに目を落とす。
『誕生日、おめでとう。
今年の今日は会えへんかったけど、来年はきっとな。』
きっとって。
きっと何。
あいもかわらず自分勝手な男だと、思わず笑い出したくなって涙が出た。
そして、思い出したような一言で、唐突に終わる手紙。
遠い異国で、異なる青さの空を仰いで、らしくもないものを書いている姿が目に浮かぶ。
なぜだかこの一言だけが、本音のような気がした。
『お嬢。変わりない?』
変わりないかと聞かれれば、変わりないと苦笑するしかなかった。
変わりないから安心しなさいよと。落ち込んでいた自分を棚に上げた。
髪型ひとつ、変わらない。いちねんめ。
2003/8/29:シゲマイフェスタ しりとり企画初出