「静香。お前のおかげだ……!!」
「お前さえいれば、お兄ちゃんは無敵さ!」
そらぞらしい言葉もあったものだと思ったものだったが。
今更になってその言葉の真実を知ることになるとは思いもよらなかった。

Bet on the Girl

「静香ー! 元気にやってるかー?」

「お前か凡骨。他人の部屋にコレクトコールでかけてきて本人確認も無しとはいい度胸だ」

電話口の向こうから聞こえてきた遠慮もへったくれもない声に海馬瀬人は不機嫌指数120%で答えた。
日本からアメリカまで毎日毎日コレクトコールで電話してきて、しかもそれが彼のいない間を見計らったかのような時間帯。今更電話代くらいケチるつもりはないが、黙ってたかられてやるほどお人好しでもない。この貧乏人め、這い蹲って礼の一つも言ってみろと口には出さないが態度にははっきりと出している。
対する相手の声も触発されたかのようにトーンが切り替わった。

「んだよ、テメー。今日はやけにお早いお帰りじゃねぇか。静香に妙な真似してねーだろうな!!」

城之内にしてみれば可愛い可愛い秘蔵の妹が、この世でいちばん性の合わない男に攫われたも同然の状態なのだ。この誘拐魔、てめぇの方こそ今すぐ土下座して詫び入れやがれと口には出さないが電波ごしに眼をクレている。
喧嘩腰の会話だけはたとえ100万キロ離れようとも以心伝心な二人だった。

「頼まれても手など出すか! 面倒を見てやっているのは誰なのか、数少ない脳味噌の皺にしっかり刻んであるのだろうな! いやそんなことはこの際どうでもいい。貴様の妹はいったいどういう人間だ!」

最後の一言にやり場のない怒りと微妙な困惑が滲んでいることに気づいて、城之内克也は喧嘩上等モードを切り替えた。
常日頃、負け犬だの凡骨だのさんざん言ってくれる男だが、どうやら今は彼に対して文句があるわけではないらしい。
「んだよ。静香がなんかやったか?」
一応、面倒をかけている、という意識はあるのだ。
ただ相手がこの男なのが気に食わないというだけで。
金銭の面でケチをつける男ではないはずだが、世間知らずな妹が礼を失するようなことをやらかしたのかもしれないし。だとしたらここは兄として心を鬼に・・じゃない菩薩にして頭の一つも下げてやらねばなるまい。
兄としての責任感にひたる城之内に、返ってきたのはやつあたりとしか思えない海馬の言葉だった。

「なにかだと!? ああなにかは毎日起こっている! まずこの間休日に連れ出してやったら高級デパートの開店セールで来店100人目とかいうのにあたった。食事に連れていったらソムリエがワインを間違えて出したとかでそこの食事代がタダになった。ホテルで親切に案内してやった男がウォール街の大立者でお礼と称して別荘が送られてきた。ペガサスの運営するカジノに連れていったら馬鹿勝ちして支配人にもう止めてくれと頭を下げられた。たかがスロットでいったいいくら稼いだと思う! 5万ドルだぞ!じゃあ最後にルーレットでと全額一点賭けしてやったら見事スロットインだ。 配当率35倍の大当たりだぞ! 支配人は目を回すわ周囲からはラッキーガールだ幸運の女神だと騒がれて攫われそうになるわ、ペガサスは上機嫌でカードを教えにかかるわ、あげく本人はこちらの気苦労も知らんとわけもわからずにこにこ笑っとるわ、少しは滞在費お返しできますかだと! お釣りがきてカジノが買えたわ!」

・・・ということは勝った分はしっかり徴収したんだな、と城之内克也は感動薄く考えた。
5万ドルの35倍。えっと1500万ドルくらい? 日本円だと150,000,000円くらいだから、ゼロの数がいち、じゅう、ひゃくの・・・1億5千万か。今回はでかいなぁ。
2桁の掛け算が暗算できない彼のために訂正するならば、正確には175万ドルで、現在レートが約108円程度だから、189,000,000円である。
んで、カジノが買えた、と。カジノっていくらくらいで買えるんだろう。

「カジノか。おい海馬、聞いとくがそれはちゃんと静香のモンなんだろーな」
金持ちのくせにケチケチすんなよ、と言外に釘を刺したのだがもちろんそんなのは杞憂だった。
「見損なうな! たかが5ドルやった程度で!」
5ドル、とはおそらく海馬がそのカジノで静香に渡した金だろう。お釣りがきてとかいう割には滞在費のことは計算に入れていないらしい。おやおや海馬瀬人ともあろう男が、と妙におかしかった。
対照的に海馬はますます怒りのボルテージを上げている。

「他にもいきつけのコーヒー屋でキャンペーンにあたってタダ券もらっただの、ホテルで小金を貸してやった従業員から礼がわりにもらった本が稀覯本でプレミアがついただの、数え上げたらキリがないわ! 返そうにもとうの従業員は先週付けで辞めてブラジルに高飛びしたとかいうし、貴様の妹は人間マジックカードか! 体の中に「幸運を引き寄せる石」でも入っているのか!」
さすが海馬瀬人、例えるときでもカードから。
しかし彼が怒るのも無理からぬこと、単に「運がよい人間」の域をそろそろ超えつつある妹に、城之内克也は畏怖の念すら覚えた。

そう、小さい頃から妹は。
なぜか異常に、ツキがよかった。

「・・・いやさ。静香は昔から・・・あんなんなんだよ」
「なに?」
ため息をついて語り始めた城之内の言葉に、海馬は思わず目をしばたたかせた。
「あいつさあ・・小さい頃からやたらめったら懸賞とかくじ引きとかよくあたるんだよな。うちの家系はだいたいそういう運が強いやつかめっちゃ悪いやつかの両極端が多いんだけど、静香は格別でよ。でもカジノで一山当てるほど強くなったなんてなー。以前はご近所の商店街で毎回3等以上とか、スーパーで転んで泣いてたら売れ残りのお菓子全部もらえたとかそんなくらいだったのになぁ・・・」
目が悪くなってからパワーアップしたのかな、とのんきに答える城之内に海馬がふと思い当たって口にした。

「そういえば貴様のデッキにはやたらギャンブル系のカードが多かったな・・・」

そして脳裏に蘇る、あの言葉。

『お前さえいれば、兄ちゃんは無敵だ!』
『静香、勝てたのはお前のおかげだ!』

そう。それは比喩でも気休めでもなかった。
事実「静香さえいれば」勝手に幸運は舞い込んでくることを、この男は長年の経験で知っていたのだ。

「見損なったぞ城之内! 貴様などやはり凡骨で十分だ!!!!」

この運任せのギャンブル・デュエリストが!
自身の驚異的なカードの引きを棚に上げて、海馬は電話を叩き切った。
その電話が誰にかかってきたのかを思い出したのは、後ろから無邪気な笑い声が聞こえてきてからである。

振り返ればモクバとババ抜きに興じる静香の姿。
むろん、弟の「おねだり」で海馬も参戦している。

『負けたヤツは勝ったヤツの言うこと、なんでも聞くんだぜい』
勝負を始める前に、弟が冗談で決めたルール。

『フ……。カードでオレに勝つのは至難の業だぞ?』
オレの引きは最強だ! と自信満々で答えた己の言葉。

『なんでも? じゃあ私は何をお願いしようかなぁ・・・そうだ! 今度M&Wを教えてください』
『いいとも。オレに勝てたら最強の女決闘者にしてやろう』
気安く請け負ったあの約束は、決して果たされることはないと踏んでのことだった。

「あ、兄さま、電話終わったの?」
「次、海馬さんの番ですよ」
何も知らぬ気にカードを捧げる二人の手札は、既に2枚に減っている。
勝負決着間際になっても彼はまったく、全然、己の勝ちを疑ってはいなかった。
・・・そう。さっきの電話をとるまでは。

( ババは………どちらか………!! )

瀬人の背筋に冷たい汗が走った。
ババ抜きはポーカーと同じ。騙し合いのゲームだ。そう、勝負を決めるのは観察力。運などではない。
おちついて、相手の表情や仕草を観察して………しかし、静香はゲームを始める前と変わらぬ笑顔で彼に笑いかけている。
おちつけ。どこかにあるはずだ。これまで幾多のギャンブラーを手玉に取ってきたこのオレが、たかが小娘一人の作為を見抜けぬはずがない!
しかし思考が無限の空中回転を始めた今、凝視すればするほど不安要素は増していくのだった。

焦った時点で負けだという勝負の鉄則を、彼は忘れている。

cast the dice!!