エスコート

 元日は世界中で新年を祝う日。 
 そして、サッカー選手にとってはこの会場で迎える事は最高の栄誉。更に優勝をする事は一年の始まりを明るくしてくれる好材料。 
 
『あったかくして来ぇへんとあかんよ』 
 
 まるで子供に言い聞かせるかの如く麻衣子に告げたシゲは今、彼女の眼下で優勝トロフィーを掲げてフィールドを歩きながら声援を送ってくれたファンに見せ付ける。 
 
 俺のゴールで勝負決めたんやで。 
 
 自信満々の笑顔を浮かべて。 
 
 
『全く……』 
 
 苦笑しながらも、麻衣子の視線はずっとシゲから離れては居なかった。 
 本来の彼女であれば、こんな寒い空の下、恋人の晴れ舞台と言えども観戦する事などなかったかもしれない。 
 彼の所属するチームはお世辞にも強豪、と言われるようなチームではない。サッカーを既に止めてしまっている麻衣子ですらそれは知っている事実。だが、シゲの所属するチームが天皇杯で勝ち進めば勝ち進むほど電話の向こうの彼の声は上機嫌で、麻衣子への電話の回数も増えていった。 
 新年は海外で、とここ2年ばかりの恒例行事だったそれを急遽キャンセルして今、こうしているのだから、シゲが張り切らない筈もない。 
 敵チームにはご愁傷様、としか言いようがない。 
 
 不意に離れているシゲと麻衣子の視線が合う。 
 にや~、と麻衣子にしか伝わらない笑みを浮かべて、彼は国立競技場の建物を指差す。 
 そして何事も無かったかのようにファンに手を振る。 
 麻衣子は騒然とする観覧席からエントランスへと歩き始める。 
 試合直前に渡された、関係者専用のパスをポケットの中で握り締めて。 
  
  
 
 麻衣子がパスを提示してロッカールームへとお邪魔すると、既にそこには先程まで熱戦を繰り広げていた選手達が優勝の興奮状態そのままにもみくちゃになって抱き合い、叫んでいた。 
 その異様な光景に身体を引き掛けた麻衣子の身体は後ろから誰かに抱き留められる。 
 シゲかと思って彼女が振り向こうとすると、頬に触れる熱。 
 
『人が…見てるのに!』 
 
 彼の身体を突き放そうとしたが、ぽよん、とした柔らかな身体が彼女の力を吸収した。 
 鍛えられたよく知るシゲの身体ではない事に麻衣子の頭は軽くパニック状態になる。 
 ようやく唇を頬から離されたかと思うと、彼女の頬に口付けたのはサンガの監督。 
 彼は麻衣子の両肩をがっちりと捕まえ興奮状態で何語かも分からない言語でひたすら喋り続ける。 
 おそらくは興奮していなくとも彼女には何をこの監督が喋っているのかは分からないだろうが。 
 そして、ぎゅ~っと抱き締められる。 
 華奢な身体はそのまま折れてしまいそうで、麻衣子はくぐもった声でシゲの名を呼んだ。 
 その声に彼女がロッカールームに入ってきた事をようやく知った彼は大騒ぎを続けているチームメイトの輪から抜け出してくる。 
 
「あ~、幾ら監督やからって、人のもんに手ぇ出すなや~!」 
 
 半ば本気で怒っているシゲは監督に抱き締められている麻衣子を自分の胸に取り戻す。 
 まだシャワーも浴びていない状態なので汗臭さに彼女は顔をしかめながら、祝いの言葉を彼に送った。 
  
「お嬢の為のゴールやったんやで♪」 
 
 歯が浮くような台詞も笑顔も胡散臭い事この上ないが、堂々と麻衣子に「絶対にゴールするからな」と告げていたのだから、公約を守った、と麻衣子は呆れつつも、そうね、俯く。 
 
「でな~、お嬢~」 
 
 にや~とまたグランドと観覧席に二人が分かれて居た時の笑みをシゲは浮かべる。 
 俯いていてその表情は麻衣子は知らないが、期待を含んでいる彼の声に身をかたくする。 
 
 
「                                」 
 
 
 大騒ぎを続けるロッカールームの中、シゲが麻衣子の耳元で囁いた声にただ彼女は反応する。まるで世界にその声しかないかのように。 
 そして、彼女は恋人を上目で見る。 
 ほんの少しの希望を望んで。 
 しかし、シゲの顔は最上級の笑顔で麻衣子の希望を打ち砕く。 
 麻衣子は顔を赤らめながら、暫くの後、無言で頷いた。