
本日のバイトは海馬ランドの臨時スタッフだった。
クソ忌々しいことではあるが、この小さな町で景気よいバイト代を払ってくれるところといったらココしかないんだからしょーがない。
働けど働けどなお我が暮らし楽にならざりというやつで、今日も勤労学生の青春を謳歌する城之内克也17歳。
楽はしたいが見栄も張りたいお年頃。
本来なら父の(多少の)収入と週に3回のバイトでなんとか食いつなげるはずの彼が、臨時のバイトを入れたのには事情がある。
かわいいかわいい秘蔵の妹が、視力を取り戻していよいよ学校に復帰するというその前に、しばしの休みを利用して彼の家に遊びにきているからだ。
長いこと病院暮らしだったり、退院したと思ったらいきなりのアクシデントでアメリカに連れていかれてたりで、いろいろと価値観のずれてしまった彼女に、少しでも「同年代の学生」の感覚を身につけさせたいという母親のたっての頼みだった。
「おにいちゃーん」
休憩時間にスタッフルームに下がっていた城之内の元に訪れたのは、そのかわいいかわいい実妹だった。
「あれ静香、どしたんだお前」
関係者以外立ち入り禁止のはずのこの場所に、どうやって入ってきたのかと首を傾げながら城之内はかけていた椅子から立ち上がった。
「お弁当持ってきたの。お父さん今日も遅いって連絡あったから。いっしょに食べようと思って」
明るく振る舞う彼女の声にはどこかしら沈んだ響きがある。
「ああ」
静香の目の病は父方の遺伝なので、父は父なりに静香に負い目を感じているらしい。そのため彼女がこちらに来て以来、夜の帰りはいつも遅く、どこかで飲んだくれている。
「お兄ちゃんの好きなだし巻き卵、今日は上手に作れたのよ」
父のことにはそれ以上触れようとせずに、静香は2段重ねの重箱をテーブルの上に広げた。
他のスタッフはちょうど出払っていて、控え室にいるのは2人だけだった。
これ幸いと、城之内は椅子を引いて静香を隣に座らせた。
「それにしてもよく入って来れたなー。警備のおっちゃんになんか言われなかったのか?」
「うん。でもちょうど、知ってた人がいて、いれてくれたの」
「知ってた人?」
この町にきて間もない彼女に、知り合いがいたとは驚きだった。
「うん、以前アメリカで瀬人さんの護衛をしてた人。たまたま来てたんだって」
その言葉に、城之内の箸を持つ手が止まった。
海馬の、護衛が。たまたま?
「静香・・・その・・その人が来てた理由ってのなんだか聞いたか?」
「え? ううん? お仕事じゃないの?」
「うん・・そう・・・仕事なんだろうな。多分・・・」
海馬瀬人の護衛の仕事なんだろうな多分。
憂鬱なため息をついて城之内は瞳を閉じて考え込んだ。
海馬は現在例の海馬ランド全米進出計画に合わせて、仕事の拠点をアメリカに移している。
その海馬が日本に帰ってくることは稀で、だが帰ってきた時には必ずここに顔を出すと聞いている。なんといってもここは彼の夢の第一歩。日本、いや世界最初の海馬ランドだからだ。
己の原点を忘れない、その姿勢は立派だと思うが・・・思うが今日のこの日に来なくてもいいのに。
だがそれでスタッフルームに誰も戻って来ない理由がわかった。多分主立った職員は全員海馬の出迎えに忙しいのだろう。いつだって不意打ちで予告無くやってくる、そのはた迷惑さは相変わらずである。
「お兄ちゃん? どうかした?」
黙り込んだ兄にいぶかしげな視線を向ける妹をよそに、城之内はどうしたものかとさらに思案した。
多分今出て行けば確実に海馬と鉢合わせするだろう。だが出て行かなければいずれヤツはここに来る。隅々まで重箱の隅をほじくり返すよーに「ご視察」に回ってくることは疑いない。
スタッフルームに静香の姿を見つけたら、関係者以外を立ち入らせるとは何事かと難癖つけてくるに決まっている。ただでさえ自分とは折り合いがいいとは言いがたい男だ。
彼が罵倒されるのは今さら構いはしないが(なんせ仮にも雇い主だ。札束が怒鳴ってると思えば腹も立つまい)静香が矢面に立たされるのは我慢がならない、てゆーか我慢できる自信はこれきしもない。
やはりすぐに帰した方が得策だろう。
そう判断した城之内が隣で水筒のお茶に口をつける静香にきりだそうとしたその瞬間。
はかったようなタイミングで、当の海馬瀬人が扉を開けた。
げ、と思う間もなく、彼の姿を認めた海馬は、まるで燃えるゴミの日に不燃物を見つけた主婦宜しく口の端を歪ませた。
「貴様か凡骨。仮にも雇い主自ら足を運んでやっているというのに挨拶一つできんとはお里が知れようというものだな。貴様が金に困っているのは周知のことだが、それならそれでもう少し雇われ人の自覚をもったらどうだ」
アメリカに行っても毒舌ぶりは相変わらずだった。というか前よりさらに底意地の悪さが磨き抜かれているようだ。まあペガサスだのジークだのあんなわけわからん人種を相手に企業戦争なんかやってるから性格歪んでもしゃーないのかなとは思うが。
それでも口を開けば悪口雑言になるとわかっているので城之内は必死で沈黙と貫くことにした。何度もいうが、札束が口をきいていると思うしかないのだ。何はともかくここのバイトは報酬だけはいい。
「ふん・・・まあせいぜい励むことだな。客寄せパンダくらいの働きはしろ」
彼が相手にならぬと見てとったか、海馬はあっさりと踵を返そうとしたその時。
それまで黙って城之内の影に隠れていた静香がためらいがちに声をかけた。
「あの・・・瀬人さん・・・」
その一言で。
海馬の足がぴたりと止まった。
「お久しぶりです。・・・あの、以前はどうもありが・・・」
静香の声が最後まで続けられることはなかった。
一瞬、硬直したように足を止めた海馬が、次の瞬間、コートの裾も翻る勢いで、扉の前から姿を消したからである。
それはもう、まるで世界の終わりがきたのかと思えるほどの勢いで。
普段は嵐がこようが、デフレがこようが、帝王のごとく不敵に、不動に、傲然と構えたあの男が。
こう言ってよければ、まるでマングースに遭遇したアマミノクロウサギのよーな勢いで。
こう言って許されるならば、否、もう絶対にそうだとしか思えない勢いで・・・・「逃げ出した」のだ。脱兎のごとく。
「しゃ、社長?」
あっけに取られた海馬ランドスタッフ全員と城之内が見送る中、海馬瀬人社長は音速の勢いで点になって姿を消した。
「瀬人さんは、相変わらずお忙しそうなのね、お兄ちゃん」
何だアレはと疑問符を飛ばす城之内に、静香は悲しそうにため息をついた。
「静香・・・お前海馬になんかしたのか?」
認めがたいことだが、海馬が逃げ出した原因は明らかに、妹の一言である。
アメリカにいた間に何か弱みでも握ったのだろうかと思ったが、静香は不思議そうに「なにかって?」と聞き返してくる。
それはまあ確かに、この妹に海馬をどうこうできるような意思も気概もあるはずがない。例え弱みのひとつやふたつ握られたからといってあそこまで露骨な振る舞いをするのは海馬らしくもないし。
「・・・まあ・・・いいか」
よくわからんが嫌みを言われなくてすむのはありがたいことだ。
どうせすぐアメリカに帰っちまうんだしなと城之内はそれ以上追求するのは止めにした。
追求しない方がいいと、生来のカンが思考を差し止めたのだ。
つまるところ彼の勝負運の正体はギリギリのところで危険を避ける生存本能に起因する。知らぬうちに危険要素を身中に取り込んでしまった海馬瀬人などは、この点において、彼の足下にも及ばない。
バイトが終わって、おつかれさまーと控え室を後にした城之内兄妹は、出口のところで懐かしい顔に出くわした。
いつも海馬の傍に控えている黒尽くめ、秘書兼護衛の磯野氏である。
お久しぶりですの一言ともに、さしだされたのはいわゆる「おみやげ品」の山だった。
ノベルティグッズに限定プレゼントに無期限パスポート。永年勤続のスタッフですら手に入れられない品々をロールスの後ろに詰め込んで、自宅まで送ってもらいながら、向かいに座った磯野氏に、2人は「くれぐれも瀬人様を宜しく」と頭を下げられた。
何を宜しくなんだかよくわからないが、ここまでされて悪い気はしない。
おうまかしとけ、まああれでもクラスメートなんだしよと気軽に請け負った城之内だったが。
後になって、このときの安請け合いを後悔するはめになろうとは露程も察していなかった。
強運の女神も、たまには気まぐれを起こすこともある。
リクとはちょっと違った風味になってしまいました・・・私の中の城之内は静香に負けず劣らずの天然ボケ少年(天真爛漫ともいう)なので、海馬とか舞とかの真意に気づく日は・・・100年待ってもきそうにありません。
麻生さん、すみませんがそんなわけでこんなんなりました・・。宜しければお受け取り下さいませ。
ところで、水曜どうでしょうはやはり最初のすごろくの旅が好きです。わが町が出てたりするので。オレンジライナーは東京に行く時に今でもお世話になってるなぁとか思いつつ見ていました。