「今年の成果は?」
「13個」
「勝ったー! オレ15個ー!」
「義理チョコ合わせたら20個以上いくよ」
「ほ、本命だけでそんなに?」
「そういう一馬はいくつなんだよ?」
 扉を開けた途端耳に飛び込んだ会話は実に男らしいと言えば男らしい会話といえた。
 本日2月14日。男の度量と器量が試される日。

「お、水野。お前今日・・・」
 どうだった、と言いかけた若菜の視線が、彼の両手に止まる。
 言わずもがなの成果が紙袋3つ分にあふれかえって存在を主張していた。
「い、いやみなヤツ・・・」
「欲しけりゃやるよ。」
 好きにしろ、と言わんばかりに部屋の中央に据え付けられた平椅子に投げ出す。
 乱暴に投げ出された紙袋からどさーとばかりに色とりどりの箱がなだれ落ちる。
 不機嫌そうに口を「へ」の字に曲げた司令塔の態度は、並の男からみれば不遜極まりないといえた。
「お前ーなんてもったいない・・・」
「そやで。せっかくの好意を無にしたら罰があたるでー」
「だったら開けて食うな」
 とがめだてるふりをしながらちゃっかり既に口の中に入れているのは吉田と山口だった。
 二人ともそこそこモテているくせに他人のチョコまでほしがる余裕があるらしい。
「僕はくれるもんならなんでももらうー」
「オレは甘いもん大好き」
 それはようするに「好意」ではなく「食料」を無にするのが惜しいだけなのではないのか。

「だいたいさー。こんだけもらっといて何が気に入らないわけ?」
 藤代がやはり水野と同じくらいの紙袋をさりげなく2人の眼から隠しながら言った。
 彼の声に水野が初めて振り返る。
 不機嫌さが120%くらいパワーアップした背後には立派なおどろ線が見えていた。

「藤代。」
「な、なに?」

 彼がこういう顔をしているのは今更慣れっこだが、今回はなんだか踏んではいけない一線をどこかで踏んづけてしまったらしい。
 U-19きってのフォワードが思わずたじろいだ。

「お前。小島からチョコもらったのか」
「え!」
 な、なんてわかりやすいヤツ・・・。
「どうなんだ?」
 さりげなさを装ってもその表情が全てを裏切っている。
「うん、いや、えっとーーー」
 明朗快活を持ってなる藤代が珍しくも言いよどんでいる。それくらい今日の水野はヘンだった。
てゆーかなんかどっかのネジが2,3本飛んでいた。たかがチョコ一つでなんで?
「どうなんだ、はっきりしろ!!」
 ガン、という音とともにロッカーのドアがへし曲がる。
 メンタル値では水野以下の阿部がひい、と飛び退いた。
「えと、もらった・・・義理だけど。」
 バカ代! こういうときは嘘でももらってないって言っとけ!
 とっさに椎名が頭をはたいたが遅かった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか。

 しん、と静まりかえったロッカールームで、抑揚のない返答があるまで重苦しくも長い間があった。
 こわい。
 水野が怖い。
 思わず周囲が2歩後ずさり、
「え、えええ? オレっ?」
 かわりに藤代を3歩押し出す。
 賢明な判断だ。黒川、伊賀。
「ショーエイ、お前も前ぇでとけ」
 我関せずと背を向けていた功刀が小声で後輩に耳打ちする。
「えっ!? な、なんでですかカズさん!」
「殴られ役に決まっとろーが。お前は打たれ強いけん、大丈夫や」
 冷酷に宣言したのは普段彼を功刀の生け贄にしている城光であった。
「いざとなったらガタイのいいのを前にだしてバリケード築くぞ」
 やはり小声で椎名に指示を出すのはキャプテン渋沢。
 最も可愛い(?)はずの中学時代からの後輩を冷酷に見放してDFの中からすばやく「いざとなったら」の人選をチェックする。
 一触即発。
 誰もが彼の爆発に固唾を呑んで備えていた。

 緊張がぎりぎりの頂点に達したその瞬間。
「やっほー!!! 元気しとったかー!?」
 対照的なまでに幸せ光線を振りまく男が勢いよく扉を開けた。
 ああ、なんてタイミングで。
 よりにもよっての男が。
 よりにもよっての機嫌で。

「んーーー? なんや、みんな暗いなー。どないしたん? あ、チョコ!! タツボン今年もやるやんけー」
 平椅子の上に投げ出されたプレゼントのカードにめざとく水野の名前を見つけて、彼も投げ出すように紙袋を置く。
「オレもいろいろもろたわー。久々にガッコ行ったせいかなー」
 アホ。状況読めぇ、藤村。
 未だ水野のチョコをいくつか抱きしめたまま固まっていた吉田が盛んに目配せする。
 ようやく周囲の異常に・・・というより吉田の異常に気づいたシゲが振り返れば、竹馬の友の不快指数MAX値の顔に出くわした。
「ど、どないしたん・・・タツボン」
「シゲ」
「うん?」
「お前、小島からチョコもらったのか」
 おおジーザス! ブルータスよ、お前もか! 父親の影響で経験なクリスチャンである阿部が、思わず頭を抱えて天を仰ぐ。
「へ? 小島ちゃん? そういやアメリカから国際便で届いとったな」
 小島さん・・・・!
 なんて罪作りな。
 この場でその小島とやらいう彼女を知っている人間は少なかったが、とにかく全員がその罪作りな少女を思わず呪いかける。
「そうか。よかったな」
「いや別に。義理やし」
 水野の不機嫌ぶりにたじろぐことなく会話を続けられるのは長年のつきあいの賜であろうか。
 とりあえずいちばん盾になってくれそうな人間が確保できた。やれやれと全員が一息ついた瞬間。
「・・・ひょっとしてタツボン、貰えてないん?」
 頼みの綱はあっさり地雷を踏んでくれた。

 ぴしり、という何かがひび割れるような音がどこかで確実に聞こえた。
 めこ、という音がしてロッカーの取っ手が曲がる。
 周囲の気温が10度ほど下がったような気がして、真田は思わず腕をさすった。
「そんな、ちょっと遅れてるだけやろ」
 さすがにちょっと冷や汗をかきながら言ってみたが、そんなことは気安めにもならないことは彼がいちばんよくわかっていた。同じ東京都内で配達日が遅れたりするものか。
「元気だしいな。きっとタツボンのだけ特別仕様やから遅れとるんや。な?」
 それは願望にすぎないが。そうであってほしい。
 これからの試合と、何よりも自分の身の安全のためにも。
「そうだといいな」
 淋しげなというより、どこか冷酷な視線が注がれるのを意識してシゲはちょっととほほーな気分で、
「・・・・はい」
 とうなずいた。
 そうだといいな。
 お前らの身の安全のためにもな。
 なぜだかそう言われた気がしたのだ。
 

 小島ちゃん・・・・なんで?
 仮にも・・・彼氏なんやろ?
 それとも釣った魚には餌をやらない主義なのか。
 だとするとオレらにくれた義理チョコの意味てなんやろ。
 背後で珍しくびくびくと着替えを続ける藤代と自分の共通項を考えてシゲは首をひねる。
 あて馬がわり? それにしても逆効果な気が。
 小島ちゃんがそんなアホな真似するとは思えんのやけどなー。
 殺気だった水野の後について試合に赴くシゲは、その後待ち受ける試練には気づいていなかった。

 久々の国際試合はまたしても韓国とだった。
 というより日韓交流と銘打って今では半年に1回お互いの国でやっているので、メンバーも気心がしれている。
 親善試合なんだし、まあお互い相手の胸を借りる気持ちで。
 なーーーんて。
 今の水野に通じるわけがなかった。

 試合結果。5-1。
 珍しく快勝。
「いやー。今回はFWとMFの連携がすばらしかったですね!」
「ええ。FW陣の動き、とてもキレがよかったですね。藤村も藤代も、気迫のこもったプレーでした」
「しかし、なんといっても今回のMVPは合計10アシストの水野です。彼のパスで攻撃のリズムが・・・」
 ああもう何とでも言うてくれ。
 外したら射殺されそうな眼で見られるんだもん。なぁ。
 
 

 へとへとになりながら試合場を後にした3ヶ月後。
 『水野竜也 イギリス名門チームからオファー』のニュースがスポーツ新聞のトップを飾る。
 どうやら釣られた魚は千尋の谷の獅子に化けたらしい。
 そんなことを話したら、さすがは私のライバルですわね、と電話の向こうで彼女がへんな対抗意識を燃やすので。
 とりあえず自分には逆効果だから、と釘をさしておいた。


■■■あとがき■■■

というわけで、バレンタイン企画「果たしてそこに愛はあるのか」でした。
ミズユキのふりして小島は出てこず、ラストはシゲマイ落ちという詐欺のようなお話。
誕生日企画では幸せにしてやったので、今回は水野が不幸です。
愛・・・はありますが。多分。