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あこるでぃおん 親指の間を しゅるりしゅるりほどけてくよに
あこるでぃおん あどけない手つきで 僕の想いほどいて

「あ、ちょっと、動かないでよ。またほどける……」
「そんなん言うたかて、暑いもんは暑いー」
夏の日ざしが容赦なく照りつける放課後の窓際席。
補習組で顔をあわせた彼女の、鞄につけていたキーホルダーが彼の後ろ髪を結わえていた紐をほどいてしまった。
いまだ左手を包帯で吊ったままの彼が、自分で結びなおすことは不可能だ。
ほどけて落ちた紐をしばし二人で見つめていたが、気まずい沈黙の後でようやく彼女が怒ったように
「む、結べばいいんでしょ、結べば!」
と、顔を赤らめて叫んだ。
白くて長い指先が、彼の耳の後ろを撫でる。
それがくすぐったくて、思わず彼は肩を動かしてしまう。
脱色した髪は中途半端な長さで、ひとつに括るのにちょうどよい位置を探るのが難しくて。
下すぎると横髪が落ちてくるし、上すぎると襟際の後れ毛がはねてしまうし。
生来不器用な彼女には少し手にあまっているようで、さっきから束ねてははずし、かきあげては束ね、の繰り返しだ。
「ああ、もうなんでこううまくいかないのよ」
苛々したような声とは裏腹に、彼の髪を探る手付きはとても柔らかくて優しい。
「無理ならええねんで。小島ちゃんにやってもらうし」
無理、と小島、は彼女にとっての逆鱗だと知っていて彼は口にする。
「誰が無理ですって? できるわよ、もちろん。うまくいかないのはアンタがさっきから動き回るせいじゃないの」
「そんなん言うたかて、くすぐったいし」
「がまんしなさい。ああもう言ったそばから!」
またしても彼女の指先を滑り落ちる彼の髪。
「少しぐらいハズレんのは、かまんで。もともとええかげんに結んどったんやから」
言ってやっても聞いているのかどうか。
何度もやり直しているうちに意地になってしまったのか、彼女は1本のほつれも、外れも許さないかのように、几帳面に、丁寧に、彼の髪をたぐる。
一重ね、一重ね、右手の指で小さな束を作っては、左手の束にまとめていく。
ひとすくい、ひとすくい、彼の髪を梳いては重ねていく。
初夏のじんわりした日差しの中で、彼女の指の触れる感触だけが不思議とひんやりして心地よい。
(おんなじ人肌やのに、なんでやろ?)
うとうとと、梳かれる度に揺れる振動が、彼の眠気を誘う。
(なんや、ふわふわして軽いわ)
別に切り落としたわけでもないのに、彼女の指先が、梳いて束ねてを不器用に繰り返していくたびに、その指の間からもつれてぐしゃぐしゃしていた何かがほどけて落ちていくような気がする。
(気持ち、ええな)
ゆるやかな眠りに落ちていく感覚の中で、彼はぼんやりと、彼女の指先を覚えておこうと思った。
束ねた髪の一つ分、彼の重荷を振りほどいてくれる、白くて冷たい、不器用で几帳面な、魔法のような指先。
いつかここから旅立つことを彼は知っているけれど、この指先を思い出せるならば、いつでも帰ってこれるだろうと思う。
いつかこの指先に、もう一度頭を撫でてもらいたいと思う。
子供のように、思う。
<<あとがき>>
夏の話なのに秋っぽい配色になってしまいました。
冒頭の詩は 一青窈さんのアルバム「月天心」のいちばん最初の曲「あこるでぃおん」からです。
この曲を聞いていてぱっと思い付いたネタなのですが…ううむイメージの半分も伝えきれていないよ……。
某サイト様で『「手を繋ぐ」がエロティック』と聞いて、それなら「髪を梳く」というのはどうだ!とばかりに書き上げてみました。