藤村成樹はおおむね陽気な男だと思われている。
 試合後のインタビューもオフの日の取材攻勢も、機嫌よく愛想よく笑顔をふりまいて受け答えは素直だし、老若男女わけへだてなく気さくで、親しみやすい……と、思われている。
 チームメイトの間でも、才能あるしそのわりに努力家だし気が利くし人気があるからって天狗になったりもしないし冗談も上手いし、と評判は上々だ。

 藤村成樹は世間様からはだいたいの評価として「いいやつだ」と思われている。
 ごく少数をのぞけば、その表と裏の激しい落差を知っている人間は、いない。

かれのうわさ

「気味悪いっちゅうねん」
 首位争いから転落して3位。ここ最近の守備陣の不調からチームは3連敗を喫している。
 誰もが焦りを隠せない試合後のベンチ裏で、吉田光徳はぼそりとつぶやく。
 傍らでは今回唯一の得点を上げたチームきってのFWに何人かのインタビュアーがはりついていた。
『まあ、リーグは始まったばかりやし。たちあがりが遅いんはうちの特徴みたいなもんやから、今んとこはこんなもんやと思います。要は最終戦までに勝ち上がればええだけのことですし』
 にこにこと笑いながら、負けたというのに苛立ちや悔しさなぞ微塵も見せず藤村成樹は答えている。

 お前はいつからサッカー評論家になったんや。ああそりゃ確かにうちは立ち上がりは弱いわ。野球と逆で最初勝っとっても後から弱いどっかの虎とは違うわ。いや今年の阪神はそりゃ強いけどな。
『ファンの方には申し訳ない事してしもたけど、見捨てんといてなー』
 最後の一言はカメラに向かってVサインつきだ。年増殺しの異名を持つ得意の笑顔でブラウン管の向こうではそりゃあファンが騒いでいることだろう。
 

「負けたっちゅうのに、何愛想ようしとんねん」
「なんや機嫌悪いな、ノリック」
 今度のつぶやきは相方の耳にも届いたらしい。ようやくマスコミから解放されたらしく、並んで歩き出す。
「当たり前や。負けたんやで三連敗やで3位やでまた叩かれるんやで野球は調子ええのにサッカーはとか言われるんやで」
「野球は大阪の方やろ、俺ら関係ないやん」
「あほう! お前それでも関西人か!!」
 サッカーは好きだ。確かに好きだ。野球よりも数段好きだ。だけど阪神は別格なのだ。それが関西人の理論である。野球が嫌いでも阪神電車の便が悪くても虎の名前を関したあのチームだけは別格なのだ。地元びいきと言われようとあのチームが勝てばそれだけでうれしい。それが関西人の「血」であると、由緒正しき関西人である吉田は自認している。
「阪神ががんばっとるのに、俺らが負けたら申し訳ないやんか!」
「誰に」
 あまりにも冷静に切り替えされて、鼻先につきつけられた吉田の人差し指が震えた。
「ああっ、これやから半東京人はあかんねん!」
 踵を帰して握り拳で力説する吉田に、半東京人て半漁人の亜種みたいやなあと彼は全然関係ない事を考えている。
「だいたいやな、お前が愛想ええんはアレやろ。あのせいやろ」
「アレ?」
「女や!」
 またしてもびしり、と指先がつきつけられた。
「お前のことやからまた東京から呼びつけとんやろ。そんでもって明日はオフやから朝までいちゃいちゃできるわーとか考えとんやろ」
「あはははいややなあノリック」
その顔でごまかしが利く思とんか、しらじらしいわ————!!!!
「まあええやん、ホンマにひさびさなんやでー。あーーやっとお嬢に会える——vv」
「お前の久々ぁ言うんは、ほんの4日前のことか!」
 この間の遠征試合は横浜だった。その際やっぱり噂の彼女とやらが会いに来ていたのを吉田はちゃあんと知っている。知りたくなくてもこの男の不気味な上機嫌さが全てを物語っている。
「毎回毎回試合のたんびに呼びつけよって、彼女がかわいそうや思わへんのか。東京からここまで何時間あると思てんねん。毎朝毎晩電話してオフんなったらいそいそ出掛けて、向こうかて都合いうもんがあるんやで、しつこい男は嫌われるでホンマに」
 ぶつぶつねちねちと小姑のように繰り返す吉田のとめどもない小言に、初めて相手が反応した。
「やっぱあかんかな?」
「当たり前や。お前かて彼女にそんなんされたらうんざりするやろ」
「いや全然全く」
「…………」
「お嬢の声が聞けてお嬢の顔が見れたらオレはいつでもオッケーやし」
 これは新手の嫌がらせだろうか。
 少なくとも彼の知っている藤村成樹という男は、こと女に関して言えば、どちらかといえば年上好みで、ずるずるべったりの関係なんてキモチ悪い、優しくも機嫌取りもしたるけどオレのテリトリーには入ってくんなの典型的なドライ派だったはずなのだが。
「まあ…ある意味お前も関西人やったちゅうことやな……」
 赤いマフラーいっしょに巻いての浪速純情派へと変貌を遂げてしまった中学時代からの旧友に、がっくりと肩を落としつぶやけば、目の前の男はきょとんとした顔で言われた意味すらわからずにいる。

 と、着替えの終わった先輩の一人が帰り際に声をかけてきた。
「藤村ぁ、お前こないだ紹介したあの娘、どうした?」
「こないだ?」
「ほら、こないだ飲み会やったときオレの妹の友達で、ついてきてた娘おったやろ」
「ああ……そういや」
「なんや、お前気づいとらんかったんか。そならあかんなぁ。まええわ、脈なしやいうて伝えとくわ」
「すんません。気ぃつこてもろて」
 ええて、きにすんなと気のいい返事で去っていく先輩の後ろ姿が扉の向こうに消えたと同時に吉田は横目で隣の男の愛想笑いを睨み付けた。
「しらじらしいで、藤村」
「ん——?」
「お前気づいとるくせに無視しとったやろ。愛想ようしとったくせに肝心なこと言われようとしたらそのたんびにはぐらかしよったやろ。あれはかわいそうやったで」
「せやかてオレ彼女おるし」
「ほならはっきりそう言うて断ったれや」
「いやや面倒くさい」
 切って捨てるようにあっさりと言い切った男の身勝手さに吉田は絶句する。こういうところはかつての藤村成樹そのままだ。
「そのうち刺されても知らんでお前」
「そんなヘマはせぇへんよ。それなりに場数踏んだし」
「なんぼ場数踏んだかて女はわからへんで」
「せやなぁ。お嬢はいっつも新鮮やしなぁ」
 のろけるふりして(いや半分は本気でのろけてるのだろうが)はぐらかそうとする友に、吉田はそれでも懲りない忠告をした。
「泥沼やりとうないんやったら、その愛想笑い止めや。せやから誤解されるんや。お前、前はそんなに気のええ男やなかったろ」
「愛想笑い? 誰が?」
「誰がて……」
「オレ別に誰にでも愛想ようしとるつもりないけど」
「せやかて、お前、最近いっつもインタビューやらコンパやら誰の相手しとっても機嫌よぅ……」
 そこまで言いかけて吉田は絶句する。
 「ここ最近」——————それは東京の彼女とつきあいはじめた時期で。
 「どんな相手でも」———それは現在の彼にとって人類は全て「彼女」と「それ以外」に分類されてしまうからで。
 「機嫌よく」——————そりゃあ彼女さえいれば幸せとやにさがる男にとってみれば、他の誰にどんな不愉快な思いをさせられようとも気にならないのは当たり前で。
 ようするに。
 幸せな人間には何を言っても無駄なのだ。

「あっほらし………」
 余計な忠告をして気づいてしまった自分こそ貧乏くじだと吉田は心底後悔した。
「あっ、もういかな。 お嬢と約束した時間に遅れてまうわ! ほななーノリック、また週明けにな」
 どこまでも上機嫌な男は鞄を背に軽く手を挙げる。
「ああ………」
 そのまま立ち去りかけた彼が、ロッカーの扉につっぷしてうめく吉田の背に、思い出したように余計な一言を付け加えた。
「そういやノリック」
「………ああ」
「ひょっとして、ふられたんか?」
……………………………………………………………余計なお世話や——————!!!
 びくり、と震えた背中から、涙まじりの怒声が更衣室に響き渡った。

 藤村成樹はおおむね愛想がよい男だと思われている。
 しかしながら、補ってあまりあるほど性格が悪いということはごく少数の人間のみが知る事実である。