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「ティッキーはさぁ、どうしてあんな女がよかったんだろぉねぇ」
一族の長子として総領として、外見不相応の見識と達観をものにしているロード・キャメロットが珍しくもしみじみとつぶやいたのは、とある晩餐の席でだった。
出席者は主催者たる千年公と彼女の他には久しぶりに戻ってきたルル・ベルというある意味滅多にない取り合わせである。
ここにジャスデロや彼女の便宜上の父親シェリルが居たとしたら、彼女もこんな質問はしなかったにちがいない。どちらにしても何かしら誤ったフィルター越しに茶化されて終わることは間違いなかったから。
もちろんこの場にいないティキ・ミックの最近の動向について、ロードは珍しくも本気で不可解だと思っている。だからこそこういった話題についてある程度真面目に応じてくれそうな二人がいる時を見計らって食卓の話題に乗せたのだ。
ルル・ベルに関していえばそういった話題についてはロード同様かなり醒めた人生観しか持っていないが、表の顔として社交界では世慣れたレディで通っているので(何の冗談か歳の離れた夫と死に別れた未亡人で通しているのだ)さほど話が通じないわけでもない。
加えて一族の長子に対する敬意は一応持ち合わせていたから、外見上お子ちゃまな彼女の問いに関して相応に検討した。
した結果が次の一言だった。
「馬鹿だからでしょう」
当然ながらロードの満足できる答えではない。
その程度の感想ならば事実関係を知ったときに開口一番面と向かって本人にそう告げている。
「馬鹿なことしてるのは分かってるよぉ。ボクにもティッキー本人にもね。ボクが知りたいのは馬鹿だって分かっててどうして深みにはまってんのかってこと」
ティッキーはそこまで馬鹿じゃないよ、とロードは一応彼の弁護に回る。彼は自身がかまいつけている女がどういう女かよくわかっているし、わかっているから一旦は離れたはずなのだ。なのにどうしてか再び再会してからはまた足しげく通うようになった。こともあろうに危険を冒して教団本部にまで侵入し人目を忍んで会っているというのだから呆れるほかない。
周囲には遊びだ退屈しのぎだと言い張っていても事実として手間隙かけて出向いていっているのは彼の方なのだから、ロードにはどう聞いても言い訳にしか聞こえないのだ。
彼女とてアレン・ウォーカーは気に入っている。気に入っているがそれで恋愛沙汰にまでどうこうというのとは話が別だ。彼女はノアで、アレン・ウォーカーはエクソシストだ。その上ニンゲンだ。彼女はニンゲンが嫌いだから、嫌いの中でまだマシな方のアレンにだってそう心を許しているわけではない、と思っている。気に入ったオモチャ程度のものなのだ、と。
しかしティキのいう遊びはロードのそれとは微妙に違う感じだ。真剣だというのではない。ただ執拗なのである。
甘さや優しさのカケラもないあの態度を見る限り、ロードの知る恋愛中のそれ(ティキ自身が社交界のレディたちとするそれも含めて)とは程遠い。
普段は馬鹿だ間抜けだと相手の愚かしさを罵倒することしきり、なのに聞き手がそれに同調するとあっという間に機嫌が悪くなる。一方で相手が自分を拒否しにかかれば喜び勇んで征服に赴くといった具合。
僕なら絶対こんなコイビトいらないやぁ、とロードの言は誠にもって正しい。ミランダ・ロットーが絡んだときのティキはまったくもって扱いづらいことこの上なかった。
そもそも彼女たちにとってはコイビトなどというモノ自体別に欲しくもないというのが実際のところ。シェリルのアレは完璧に道楽だからまだしも許せる範囲として、ノア一族ともあろうものがニンゲンの女にだなんて、おおいやだお兄ちゃんたら不潔!という変な意味で潔癖なところは年相応なのかもしれないロード・キャメロット公称12歳である。
対する公称23歳のレディ、ルル・ベルもまたニンゲンの男だなんてあんな脆弱なモノ、弄ぶなら楽しいかもしれないけど我が身に触れさせるなどおぞましいったらありゃしない、と思っているのだからノア一族にとって「家族」がどれだけ大切なものかも宜べなるかな。基本家族以外は対等な生き物でさえないのだ。ある意味淋しい一家である。
そんな超ドS属性の女二人に両脇を挟まれ、この場で唯一、一応男性側(これだけ生きてればもう男だ女だと瑣末なことは関係なくなっているのだが)に属する千年公はややもすれば溜息に聞こえなくもない笑いをもらした。
「アナタがたはわかっていまセンネェ」
千年公にしてみれば、ティキ・ミックがこともあろうにエクソシスト相手に恋愛沙汰に及んだなどということは予測はつかないまでも驚くに値するようなことではなかった。
経験豊富(?)な人生の先輩として、何よりも男として、ここは弁護のひとつもしてやるかと彼は読みかけの本を置いて姿勢を正した。
「そもそも恋愛という行為における最大のお楽しみとはなんだと思いマスか?」
言われてロードとルルは目を見交わし、やっぱアレ?という実に即物的な回答を返した。
「違いマスヨ。そんなものなら別に恋などしなくてもいくらでも経験できるデショウ。現に商売としてそういった代用行為が存在するのデスカラ」
「んー……じゃあデートしていちゃいちゃするとか?」
世間一般の恋人たちがどういったことをするものなのか、ロードは当然ながらあまり知識がない。それでも疑似両親の夫婦ごっこから推察するにそんなところかなと思う。それのどこが楽しいのかは実のところサッパリなのだが。
「それもまた楽しい時間の一つでしょうが、まあ最初のうちだけデスネ。お互いに幻想を押し付け合いやがてお互いに幻滅する、そんな時間はすぐに過ぎ去るモノデス。残るのは倦怠と惰性ばかり、その果てに妥協するか破局を迎えるかのどちらかデス。恋愛においてそのお楽しみを長続きさせるものはたった一つしかありマセン。ことにティッキーのようなタイプにはネ」
確信たっぷりに言い放つ千年公に、答えを求めるロードのみならず、我関せずと無視を決め込んでいたルル・ベルまでもが、初めて興味深げな視線を投げた。
恋愛のお楽しみを語る千年公、という現象自体が興味深かったということもあるが。
「なんなの? 千年公」
ロードが率直に問いかける。
夢を操る属性として謎掛けや暗喩を好むロードだが、自身がしかけられているとなれば話は別だ。
ややむくたれた顔をして子供扱いしないでよ、という意思表示をしてみせた。
対する千年公も、ぐずぐずと回答を引き延ばすような真似はしなかった。
「恋愛における最大の楽しみ。それはスリルですヨ」
あるいはサプライズ、意外性。
そういったものと置き換えてもいいかもしれませんがネェ。
そういって笑った千年公の顔は手のひらの上の悲喜劇芝居を鑑賞する批評家のよう。
『 ティキぽんの快楽の遺伝子は常に変化と意外性を望んでいるのデス。
相手がただ手強いだけの女ならば、落としてしまえばそれまでのコト。意志の強い者ほどそれがぽっきり折れたときは脆いモノですからネェ。
むしろ弱くても全力で抵抗して、征服してもすぐに逃げだそうとする、ぐずぐずとしぶとくて諦めの悪い、ものわかりのよくない女の方がよいのデスよ。
落としたと思ったらまた揺れてイル、そんな不定見な人間ほど捕えたままにしておくことは難しく、逃げれば追いかける楽しみが増えるダケ。
まして相手は神の使徒。背徳の喜びを植え付けるのも一興ならば、その白さを穢し堕とすのも、その抵抗を力尽くで抑えつけ堕落の烙印を押すのもまたお楽しみの一つデショウ。
加えて敵と通じているという自身の背徳感もそのスリルを後押しする因子の一つデス。
ティキぽんにとって何より必要なのは、自分を駆り立てる、背筋がゾクゾクするほどのスリルだけ。
手間暇と命を同じ天秤にかけて獲物を狩る瞬間の喜ビは、これはもう男にしか分からない快楽といってよいでショウ。』
ティキぽんもまったくもってよいお楽しみを見つけたものですネェ、とタチのよくない笑いを浮かべて高笑いする千年公。
対する女二人は当然ながら面白くない、といった顔だった。
常は無表情のルルでさえ
「……つまり男にとって恋愛とはそこらの狐狩りと同じ、というわけですか」
不満よりも呆れや軽蔑の意思の方が強い、ルル・ベルの言葉だった。
「そーんなんだったらボクだってエクソシストやっつけるときのが面白いよぉ。別にレンアイなんて関係なぁーい」
スリルが欲しいなら他にいくらでもやりようはあるだろう、とロードが言えば、千年公はノンノン、と楽しそうに指を振ってみせる。
「恋愛は普通の狩りとは違いマス。確かに命がけのスリルというならば、強敵との戦いもそのひとつではありマス。しかしこの場合はね、決定的に違うモノがあるのです」
「なぁに?」
「敗北の結果が死よりもヒドイということですよ」
「?」
その一言で、ルル・ベルはなんとなく察したような顔になった。そのあたりは外見相応の経験故だろうか。表の社交生活の上で、勝者であったことは数知れず。もっともそんなもの得られたところでうれしくもなかったが。
ロードの方はまだそんな機微は触れたことがない。けれど多分彼女にとって死よりも酷い仕打ちがなんなのかは自身の能力とともに馴染みの深いものだろうと、先の見えた会話への参加をそこで打ち切った。
急に興味をなくした様子のルルにさらに不満を募らせロードは千年公に先を促す。
どうもやはり先ほどからお子様扱いされているようで面白くなかった。
「死よりもヒドいってどんなこと?」
「ココロを取られることです」
ティキぽんは無事勝者でいられるでしょうかネェ、とそれすら楽しそうに千年公は笑った。
ルル・ベルが推察するに、それはやはり無責任な恋愛非経験者の笑いでしかなかった。
「あれ、どう思う?」
千年公がレロとともに、自室に戻ったのを見計らってロードはまだこの場に残っていたルル・ベルに訊ねた。
「ティキのことですか」
「そう。千年公の言う通り、ティッキーはただスリルが欲しいだけなのかなぁ?」
「………どうでしょう」
彼女たちは所詮女だ。男に女の心が分からないのと同じように、男が恋愛に求めるものの価値などわかりはしない。ただ表の彼女に愛を囁く男たちの大半にそういう気配があることも知っている。
謎めいた美女がいれば口説きたくなるという性のない男は大勢いて、自身がその対象としてしか見られていないことも。しかしその中にもそれとは微妙に質の違う人間もいて、所謂、実のある言葉を捧げてくれる男たちがいることも。
「ボォクはねぇ……なんとなぁく違う気も、するんだぁ……」
考え考え、ロードは言う。
その脳裏には今夜晩餐の誘いを蹴って出かけて行くティキの背中があった。
「スリルの欲しい人間がさぁ…あんな顔するもんかなぁ……」
『悪ぃな、ロード。また今度な』
そういって片目をつぶって笑いながら、夜の虚空に消えて行く後ろ姿。
「ティッキー、なんか満身創痍って感じだったよ……」
ロードの溜息は兄弟に対する愛情と不安のせめぎあった感情の果てだった。
「お兄ちゃんには悪い女にひっかかってほしくないんだけどなぁ」
冗談めかして言った言葉にも自身を安心させる効果はなく。
「だとしても。どうすることもできないと思いますよ」
ふいに口を開いたルル・ベルの言葉は素っ気なく、けれどいつもの突き放した物言いではなかった。
「どうすることも」
多分、ティキ自身にも。
そう思うのは幾多の愛を囁いた男たちの破滅する様をただなんの感慨もなく見つめてきた自分を知るが故だった。
所詮無駄なのだ。何をされてもどう言われても。女の心はそんな男の身勝手な理屈では動かない。
それは彼女がノアだからではない。相手が非力な人間の男だからではない。
「……やっぱり、ダメなの?」
ロードがそう言ったのは多分に、ティキ自身にこの遊びを止めさせられないかという一族の長子としての懸念からだっただろう。
ルルはそれに対して始めて、まともにロードを見て答えを返した。
「私たちも、人間ですから」
心の動きだけは、どうにもならないです、とノアの一族の女はつぶやき、自身の心は奥深くしまい隠した。誰にも奪われないようにと。