晴れの日の相合傘

 差し出された手を躊躇いながらも取ってしまった…でも佐藤が笑顔を返してくれたから、ああ、これでいいんだ、そう思った。 
 それなのに、その手が呆気なく離れてしまうなんて思いもしなかった。 
 ずっと…ずっと傍で、まるで相合傘でもするように隣に居てくれると思ってたのに……。 

 明日にはもう3年生になってしまう。夏休みも過ぎればあとはもう受験一色で楽しい事はこの数ヶ月間に済まさないと勿体無い気がしてしまう。 
 で、今日は? と言うとあたしは学校に来ていた。 
 面倒臭い事に、明日の始業式と入学式の準備を手伝わされる羽目になっていたから。 
 新3年になる学年だけがわざわざ学校に呼び出されて、体育館にパイプ椅子を並べたり紅白の幕を広い体育館に貼り付けたり、ああ、何でこんな面倒臭い事しなくちゃいけない訳? 
 並び終えたパイプ椅子に座り込むとため息を吐き出した。 
 
 あれ? そう言えば佐藤の姿を今日は一度も見かけてない。 
 
 確かA組はB組と校庭の掃除だったと思ったけど。 
 でも、いつもなら朝一番であたしの所に顔を出すのに…。 
 サボりかな!? こんな事で学校に来るなんて面倒臭いって思ったのかもしれない。 
 教室に戻る時にA組を覗いたけど佐藤の姿はなかった。 
 風祭はトレセンの怪我で今は入院中だし…。 
 結局佐藤は学校に来ていなかったらしい。 
 仕方ないから帰りにでも寄っていこうかな。 

「お嬢」 
 
 校門を出た所で不意に声を掛けられた。 
 あたしの事を「お嬢」なんて呼ぶのは後にも先にも佐藤しかいない。 
 
「どうしたの? サボりだと思ったのに…」 
「ん~、学校には用があったんで来てたんやけど…」 
 
 歯切れが悪い。 
 そう言えば、学校に用がある割には私服姿だった。それに地面にはちょっとした荷物。 
 どこかに出かけてたのかしら。 
 
「俺、実家に帰る事になったんや」 
 
 唐突な言葉。 
 笑顔で告げられたから、一瞬何を言ったのか分からなかった。 
 実家…って…。 
 
「何よそれ…」 
「前々から考えてたんやけど…ポチの一件で踏ん切りがついたんや。だから今日は転校先に持ってく書類を姐さんから受け取りに来てたんや」  
 
 風祭が…って…何よそれ。佐藤が前から考えてたなんて、あたし何にも知らなかった。気付かなかった。言ってくれなかった。一人で考えて一人で決めて…そこにはあたしが入る余地なんてないの? 
 
 
「佐藤のバカーッ!!」 
 感情のメーターを振り切ってしまったあたしは佐藤の横っ面を引っ叩いていた。 
 見る見るうちに佐藤の頬はあたしの手形がくっきりと赤く浮かび上がってしまった。 
 
「お嬢…」 
 
 驚いた顔であたしを見下ろしてる。 
 殴られたから、じゃなくて、あたしがポロポロと大粒の涙を落としてしまったから。 
 佐藤があたしの涙を拭おうと手を伸ばしてきたけど、それを払って思いっきり頬をつねってやった。 
 
「何よ、勝手に決めて、笑いながらそんな大切な事言って! あたしの事なんだと思ってるのよ!!」 
 
 恥も外聞もなく、往来で子供の様にしゃくりあげながら一気に吐き出してしまうと、そこで佐藤の頬をつねる手を落とした。 
 
「…お嬢…ゴメン…」 
「ゴメン、で済む訳ないでしょっ!!」 
 
 泣きながら怒り続けるあたしに少し困った顔の佐藤。 
 我ながらこんな言葉しか出てこないなんて、情けない。 
 
「こっちに残る事かて色々考えた。けど、お嬢とやったら離れても大丈夫やと思うたから…」 
 
 何よそれ。 
 やっぱりあたしの事なんて二の次だったんじゃない。 
 
「……何でこっちじゃダメなのよ」 
 
 京都と東京なんて今のあたし達には遠すぎる。 
 
「ゴメン。もう決めた事やから…お嬢は俺と離れたら…ダメになると思うてるんか?」 
 
 だって、そんなの分からない。 
 会いたい時に会って、話したい時に話して。それが出来なくなるなんて…それで不安にならない方がおかしいわよ。 
 多分泣いて喚いたって意志は変わらない。 
 
「……一年我慢して…そしたら京都に来る?」 
「絶対に行かない!」 
 
 人生の賭けをするなんて無謀は出来ないもの。 
 即答したら、ちょっと悲しそうな顔をした。 
 
「…んじゃ、4年後。大学こっち選んでぇな」 
 
 …どうしてポンポンと勝手にあたしの人生決めちゃうの。 
 
「……分かんない」 
「…ちゃんと迎えに来るから」 
 
 そんな先の言葉が欲しい訳じゃないのに。 
 でも…もう変わらないなら…。 
 見送らなくちゃいけない。 
 
「…向こうでどうするの?」 
「取り敢えず、おとんのとこ。んで後はサンガのユースに入る」 
「…似合わない」 
 
 見慣れた青のユニフォーム以外なんて…。 
 
「うーん。ま、そのうち見慣れるて。イイ男は何を着ても似合うもんやし」 
 
 また笑う。 
 ホントに…あたしと別れちゃうって分かってるの? 
 
「お嬢、好きやで」 
 
 ……ズルイ。 
 そんな事言われたら…もうあたしは頷くしかできないじゃない。 

 地面に置きっぱなしの荷物を肩に背負い込んだ。 
 もう行っちゃうのね。 
 そう思ったらまた悲しくなって、引っ込み始めてた涙がまた帰ってきた。 
 
 ずびっ。 
 
 鼻をすすりながら目をこすってたら、佐藤が手を差し出した。 
 まだ目をこすってるあたしは、差し出された手の小指だけを掴む。ためらうようにそれから薬指を掴んだ。彼の温もりを体に染み込ませておきたかった。 
 離したくなくて一瞬だけ力を込めたあたしの手から、するりと佐藤は指を抜き去ると、力強くあたしの手を繋いで歩き出した。 
 しっかりと繋がれた手にはあたしが望んだ傘はないけれど、多分大丈夫。 
 いつまでも繋いでいたかったけど、願いは叶わずあっという間に駅に着いてしまう。 
 
 もう、ここでええ。 
 
 東京駅までの切符を買う時も繋いでいた手がゆっくりと離れた。 
 
「向こう着いたら直ぐに電話する」 
「うん」 
 
 寂しいから一度だけ佐藤の袖を引っ張った。 
 
「……お嬢、いってらっしゃいのちゅーはしてくれへんの?」 
「バ、バカッ!」 
 
 こんな人がいっぱい居るのにそんな事出来る訳ないじゃない! 
 いつもみたいに怒ったら、限りなく唇に近い箇所にキスされた。 
 
「んじゃ、いってきます」 
 
 へへへ、といたずらっ子みたいな笑顔。 
 やられたわ…。 
 だからといって、怒る気力なんてもうなかったけど。

 改札を通った後でくるり、と佐藤が振り返った。 
 
「せや、もう俺「佐藤」やのうて「藤村」やから、夏休みに帰ってきたら「シゲ」って呼んでぇな」 
 
 ニコニコ笑いながら手を振って階段へ消えていった。 
 どうやら、宿題を出されたらしい。 
 今度会うまでにちゃんと呼べるのかしら…。 
 練習が必要よね…。

「…取り敢えずは修学旅行の時ね…」 
 
 佐藤は一つ忘れてたのよ。 
 夏休みよりも前に会えるチャンス。 
 ウチの中学の修学旅行って京都・奈良なのに…。 
 取り敢えず、行ったら驚かせてやろう。 

 


<あとがき>(高柴様) 
これ…赤マル前に書いてた奴。つーか本誌終了後に書いて、アップの時期待ちのストックだったんですよ。そしたらこの男、京都に帰ってねぇ! 「先に行く」って言うなら絶対に、3年生は京都に帰ってると思ったのに…。 
意地っ張りな女の子が、「怒りながら泣く」というシチュエーションが好きなんです。サドかよ…。それと、これはもう一つ、「手を繋ぐ」が書きたかった。手を繋ぐという行為はある意味かなり、エロチックだと思うんですけど。 
シゲのサンガユニフォーム姿は嫌です。む、紫~!? な、もんで、麻衣子嬢に代弁して貰いました。あと、関東の中学生の修学旅行は大抵、京都・奈良です。あれ、普通10月位?? ワシの学校は中2の2月という半端な時期だったので。ま、いいか。


<管理人>
泣いてる女の子の手を握ってあげる、というのはそりゃあもうツボにきます。 
んで、これの対抗馬として書いたのがうちの「かのじょのゆびさき」でした。 
テーマは「微エロ」。でも麻衣子が泣いてる顔だけで、高柴さんの一本勝ちです。 
 
 ところで私は赤マルのフライングでシゲはてっきり武蔵野森推薦入学だと思ってました。 
 あやつの関西選抜後に関してはいろいろとツジツマあわせが大変です。 
 顧問ですら「佐藤」くん呼ばわりしてたもんな……。