「ねえ、リシドはボクの父上のこと、お父さんて呼びたいの?」
「・・・そうですね。私にとって家族と思えるのはマリク様やだんな様やイシズ様だけですから・・・」
 あどけない主の言葉に、リシドは苦笑した。
 井戸の底に捨てられたときから彼にとって唯一の身内といえるのはイシュタール一家だけなのだ。
 人一倍義侠心の強い彼には守るべきものが必要だった。
 家族が、ほしい。
 齢17を越えようとする男の、それは今でも切なる願いである。
 そんな彼を兄とも慕い、父以上に尊敬してきたマリクにはむしろ未だに彼を使用人扱いする父親の方こそ許せない。
「ねえ、リシド。ボクにいい考えがあるよ!」
 あどけない瞳をきらきらと輝かせ、少年は言葉を継いだ。
「リシドが、イシズ姉さまと結婚すればいいんだよ! そうしたらリシドは父上の息子で、ボクの兄上になれるよ!」
 自信満々な彼の言葉に、リシドは思わず手にした盆を取り落としそうになった。
 自分があの、イシズと?
 それは思っても・・・というより考えないようにしてきた事だ。
 彼女を自分の妻と思うことは、なんとなく旦那様を父上と呼ぶ以上に畏れ多い。
「あ、は、は、そうですね。でもイシズ様は私などにはもったいない方ですよ」
 どうにかはぐらかすと彼はそそくさと部屋を出た。
 後に残されたマリクは、まだ「いい考えだと思うんだけどなぁ」とかつぶやいていた。

 この少年にそのおそるべき(?)考えを吹き込んだのは実は当の姉自身だったりすることを、リシド贔屓の少年はこのとき、ちゃっかりと忘れてしまっていた。
 思い出したのは、十数年後、彼がかわいい姪っ子に「おじさま」と呼ばれるようになってからのことである。