今井蛍はたいていにおいて好き嫌いのない人間だと思われている。
 てゆーか誰にでも平等に素っ気ない。
 それは彼女会いたさの一念だけでこの学園に転入してきた佐倉蜜柑ですら認めるところである。
『蛍はなぁー誰にでもああやねん・・・でもほんとはとっても優しゅうて誰より友達思いなやつなんやで!』
 で、そのお友達領域はどのへんくらいまでを指しているのだろうか。
 それについてはさすがの蜜柑も片手の指を折っていくうちに首を傾げてしまいそうになるほどわかりにくいにせよ。
 少なくとも、自分は非友好対象ではないらしい、と乃木流架は幾分胸を撫で下ろしている。

 なぜそう断言できるのかといえば、答えは簡単で、明確な比較対象がすぐ傍らに存在しているからだ。

 佐倉蜜柑が棗のパートナーになったのは担任の強制的な指名からで、棗が当初そのことを気鬱に感じていることを流架は知っていた。いや流架に限らずクラスのほとんどの人間が今でもそう思っている。
 しかしながら先日の学園祭で棗は特力系RPGの景品に彼女の奴隷権を引き当てた。
 以来なにかと棗は蜜柑を構う。(流架にはそのようにしか見えない)
 いやなら放っておけばいいのにと流架は思ったが、どうやらそうでないから放っておかないのだということに薄々ながら気づき始めてもいた。
 そして、同じことに多分、今井蛍も気づいている。


 ああ、また見てるなぁ。
 あいかわらず水玉と呼びつけては埒もない嫌みを投げつけ怒鳴り返されている棗の傍で、流架はちくちくと肌を刺すその視線を感じていた。
 完璧な鉄面皮に隠されておそらく誰も気づいていないのだろうが、今井蛍は明確に、棗を嫌っている。
 流架にとって幸いなことに、今井蛍はいくら坊主が憎かろうと袈裟は袈裟で売っぱらえるほどドライな人間だったから、当分知らないふりを続けていれば自分まで巻き添えになることはあるまいと、彼はいささか薄情なことを考えていた。

「くそ、なんなんだあの女」
 佐倉蜜柑が例によって棗のアホー!と叫びながら教室を出て行った後、勝利者であるはずの棗は苛立たしそうにつぶやいた。
 「? 佐倉さんのこと?」
 「違う。傍のあの女だ。今井蛍」
 おや、と流架は軽く目を見張った。
 蜜柑を構うのに夢中に(?)なっているかと思いきや、どうやら棗も彼女の微細な刺に気づいていたらしい。
 「人のこと、嫌な目で見やがって」
 「…………気のせいじゃない? 誰にでもああだと思うよ。今井さん」
 じろり、とやつあたりのような視線が飛んできて流架はそれ以上の弁護は差し控えることにした。どのみち本気で反意があるわけではない。

「いつも、邪魔しやがって」
 何を、と彼は思ったが、やはり口を出すのはよした。
 不満げな表情はいつものことだが、むくたれたような顔の棗は珍しい。
 ポーカーフェイスという点では彼も今井蛍に劣らないが、どうやらそれが崩れるのはお互いある一人の人間が介在したときだけのようだ。
 咄嗟に彼の脳裏に浮かんだのは、同族嫌悪、という言葉だった。